◆会報第40号より-07 京大博物館

京都大学総合博物館にある
八幡の遺跡・遺物について


 高田 昌史 (会員)


八幡市の考古学遺物が京都大学総合博物館に多数寄贈されているとの情報から、是枝代表の御尽力により博物館を5月17日に訪問し博物館研究員の村上由美子さん(文学博士)に、八幡関係51点の内8点を案内していただきました。
f0300125_0195641.png 当日は雨が降りそうな天候だったので、最初に屋外展示の【舟形石棺】に案内されました。八幡市内で最も古い4~5世紀古墳時代前期の茶臼山古墳(男山笹谷)から出土のこの石棺は、八幡市誌第一巻に“松花堂庭園の前に置かれていたが、現在は京都大学で保管されている”と記されており訪問前から、現在の保管状況について関心がありました。保管場所には大きな屋根が設けられていて崩れかけた石棺の蓋部は専門業者による補強と補修がされており、土台部は割石が敷かれて排水も考慮されておりました。流石は京都大学の専門家の管理であると感心すると同時にこの遺跡が大事にされていることを知りました。f0300125_0215240.png 長さ300cmで幅110cmと大きな石棺ですが、残念ながら発見当時は盗掘されており、副葬品は散乱していたようです。この石棺は阿蘇熔結凝灰岩(阿蘇黒石)で作られていることから、既に前期古墳時代に九州との交流がありこのような大きな物資の運搬があったことがわかります。また、八幡美濃山丘陵に多くある横穴墳は九州北部から6世紀に伝わったこと言われているので、古墳時代以降も八幡と九州地方との交流は続いていたと推測します。f0300125_024127.pngそれに、石棺の一部にベンガラ(赤色塗料)が付着しており4世紀頃に既にベンガラが使われていたことも確認できました。
なお、丹波さんから「主人が幼い頃に松花堂庭園に置かれていた石棺の中に入り遊んでいた様です」とお聞きしてビックリ!
 続いて常設の文化史展示館の石棺、弥生土器、古地図や古文書、書状等を見学しました。古文書は一部本物の展示もありましたが、文化財保存のために主にレプリカが展示されており長期間の保存に細心の注意をされていることを理解しながら、やや物足りなく感じたことも事実です。
京都大学総合博物館の資料数は約260万点有り、その内文化史系資料は30万点をこえているので、常設展示されているのはごく一部です。殆どの学術上重要な資料は大切に保管されているようですが、引き続き多くの資料公開についても期待したいと思います。しかし、これらの資料は調査が完了してからの公開になるでしょうから、博物館の研究員の方も多くはおられないようですので、すぐには難しいと感じました。

 最後が本日のメインイベントの4階「考古作業室」です。この部屋で一般に公開されていない八幡の茶臼山石不動古墳の出土品を特別に出していただき展示・説明がありました。f0300125_0294927.png研究員の村上さんは「長年保存されている貴重な遺跡文化財を選んで展示する時は大変緊張します、皆様も直接手を触れることがないようにくれぐれも注意してください」と言われましたが、お忙しい中、私たちの八幡からの訪問に合わせて対応して頂いたことを感謝し、これらの考古遺物との再会はいつになるか判らないと思いながら、展示物を見学・説明をうけました。
先ずは、茶臼山古墳から出土の石釧(いしくしろ)といわれる当時の石製腕輪でした。白緑色の石に放射線状に細い線が等間隔に刻まれている大小の輪が展示されていましたが、模様に顔を近づけてよく見る事ができました。(正式展示されるとガラスケースに入れられ、このように近くで見ることはできないと思いながら…)
次に石不動古墳からの多くの出土品から選んでいただいた、管玉、棗玉、小玉、鏡などの展示がありました。特に鏡の「画文帯神獣鏡」は、3世紀の中国の三国時代の製作品で、全文56文字の吉祥文が記されている貴重な出土品のようです。この石不動古墳は1943年に京都帝国大学が発掘調査され、目録によると他にも多くの出土品が博物館に保管されています。
 以上、京都大学総合博物館側のご厚意により、八幡関係の考古遺物を特別展示していただき見学することができました。

所 感

 見学中、今年4月例会で城南郷土史研究会の中津川さんの講演でお聞きした「地域史の研究成果は地域に返さなければならない」との言葉が私の脳裏を横切っていました。また、埋葬されていた遺物も「どうして17世紀も経過してから掘り出されて、違う場所に連れてこられたのか?」との声が聞こえるような気がします。これらの遺物は大切に保管保存されていることはありがたいと思う反面、八幡市民としては地元で何時でも見られることを期待します。そのためには受け入れられる体制作りが大きな課題ですが、その体制ができれば博物館側にお願いできればと思います。なお、レプリカを制作して地元に展示している市町村もあるとお聞きしました。
幸い、当日閲覧させていただいた「京都大学文学部博物館考古学資料目録」にすべての保管資料は写真入りで掲載されています。また、その他の地域に八幡市から流出した文化財も合わせて地元への里帰りの実現を希望します。
by y-rekitan | 2013-07-28 06:00 | Comments(0)
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