◆会報第43号より-05 伊佐家住宅

重要文化財「伊佐家住宅」について

重文民家マネジメント研究会:植松清志(大阪人間科学大学)


・9月15日の伊佐家見学会では、足下の悪い中、多くの方々のご参加をいただき、厚くお礼申し上げます。普段見る機会が少ない重要文化財の民家を体感され、興味深いものがあったものと推察します。

 さて、建築の見学を行う際には、昔の住まい方、大きな土間の空間の構成、洗練された座敷の美しさなどなど、興味の持ち方によってさまざまな見方があるように思えます。私は建築史や住居史を専攻しているためか、どうしても座敷の設えや空間構成、空間を構成する架構、間取りの変化などが気になります。

 伊佐家住宅は、当初右手土間の食い違い四間取りであったのが、五間取り、六間取りに変化していく過程を、谷先生から説明していただいとき「うーん」と納得してしまいました。現状の平面を見ますと、棟方向を基準にして南面に位置する、2間幅の式台から玄関・仏間・奥座敷とつながる動線と空間構成に目を見張ります。この空間は、武家の来客や行事などのほかには用いられない「ハレ」の空間です。ことに格式の調えられた奥座敷の書院・床の間の構成は見事だと思います。奥座敷は柱間が2間と広く、使い勝手の向上が見られます。1間ごとに柱を入れると、構造的には無理がありませんが不便な点が多くなります。そのため、何とか柱を抜く工夫が行われます。一般的には鴨居のかわりに長方形断面の差し鴨居を入れますが、そうすると欄間が取れなくなり空間が閉鎖的になります。そこで見えない部分、つまり小屋裏での構造に工夫がなされることになります。こう見ると、1間ごとに柱が立つ座敷は古い形式と判断することができます。伊佐家住宅の座敷における柱配置から、建築技術が確実に発展しているようすが分かります。

 棟方向の北面の諸室は日常生活で用いられる「ケ」の空間です。それに従い、土間も「ハレ」の空間に隣接する「なかにわ」(中庭)と「ケ」の空間に隣接する「うちにわ」(内庭)に分けられます。内庭には、祭礼用の大くどにつながる「しもへっつい」、「だいどこ」に接する「かみのへっつい」、「からうす」「ばったり床几」流し・井戸などが設けられています。ばったり床几は、京の町家などによく見られますが、当家では「からうす」を用いないときにイスもしくは作業台として用いられたのではないでしょうか。大くど上部にはへっついの煙が内庭全体に拡がらないよう、南北方向に煙返しが設けられています。この部分には主屋をもたせるための大きな断面の部材がみえます。それを支える方法も工夫されていますが、f0300125_934294.jpg現在は傷んだ梁の補強がなされています。構造全体をみると、現在とは異なり補強金物は用いられていません。なるべくゆるく構成することで、地震の揺れなどを吸収する工夫がなされています。まさに先人の知恵というべきものです。

 重文民家所有者の住まい方や維持管理などに関する苦労は、第三者が簡単に分かるものではありませんが、私たち「重文民家マネジメント研究会」は、その現状を全国的な観点から把握し、よりよい維持管理の方法などを探ろうとしています。今後とも、皆さま方のご協力を頂きますようお願い申し上げます。
by y-rekitan | 2013-10-28 08:00 | Comments(0)
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