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◆会報第05号より-02 八幡歴史文化②

シリーズ「八幡の歴史を彩る文化」・・・②
『双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)』
「引窓(ひきまど)」余話


土井 三郎 


 今年の大相撲名古屋場所は異例尽くしであった。野球賭博に端を発し現役関取と親方が解雇され、優勝賜杯を返上するなどの事態に発展したのである。このような激震が角界を襲ったことはなかったであろう。
 問題は、日本相撲協会が旧態依然の姿から脱却できていないことにある。部屋を預かる親方衆をはじめとして反社会的な組織と絶縁できていないのだ。無論それは歴史的な背景をもっている。
 歌舞伎『双蝶々曲輪日記』に主人公格で登場する濡髪(ぬれがみ)長五郎も放駒(はなれごま)長吉もやくざな世界にすっぽり漬かった関取である。つまり、江戸期の相撲興行が任侠の世界に生きる人々に支えられ、関取衆はそんな興行主と昵懇であったのだ。
 芝居を観ながらそんなことを考えさせられた。
 また、そんなやくざ絡みの犯罪を取り締まる側の、もう一人の主人公である南与兵衛であるが、代々郷代官を勤める家柄の人物で、このほど「この辺りを治める領主が変わり」「七ヶ村の代官に取り立てられた」(解説版)とある。時代考証的にいえばこれがちょっと気になる。
 この芝居の人形浄瑠璃として初演されたのが寛延2年(1749)であるが、ちょうど100年前の慶安2年(1649)に、京都所司代が八幡の橋本町に「傾城(けいせい、遊女)を置く家が20軒ほどあり、だから盗人が出入りするのであるから傾城を置く者が一人もないよう橋本の年寄(町役)に申し渡しておいたので、社務家(石清水八幡宮統括者)からも厳重に申しつけるべきだ」との文書が残っている(『八幡市誌』第2巻)。つまり、橋本をふくめ八幡神領における検断権(刑事犯人に対する検察・断罪権)は石清水八幡宮の社務家が握っていたことになり、「七ヶ村の代官」云々とどう辻褄を合わせればよいのか気にかかるのである。「代官」などと書かれると幕府の天領地のような印象があり、八幡の神領地のイメージと異なるのである。
 それはさておき、「南邸跡」なる遺跡が京阪八幡市駅近くにあることをご存じであろうか。
 八幡市郷土史会が発行した『やわたの道しるべ』に詳しい。「八幡市駅の駅前通りから一筋南の道は、古くは八幡宮一の鳥居前から科手(しなで)町の岩神を経て、橋本町へ通じる山端の道であったと思われる。(中略)道に面してある引窓南邸跡は、この道が、かって八幡宮への参詣者の通り道であったことを示している。西へは大谷町入口の常昌院、南へ廻れば一丁で神応寺山門である。」とある。
 その南邸跡碑を見に行った。駅前裏通りという感のある佇まいで、ひっそりと「引窓南邸跡」なる石碑が建っている。昭和2年ごろに京都の三宅安兵衛による遺志で建立されたものである。但し、どんな根拠があって芝居に出てくる南邸をこの地に想定したのかの由緒が記されていない。そもそも「引窓」に出てくる「南邸」が現在の八幡市駅周辺に実在していたのであろうか。それとも当たり狂言であったため、八幡宮を訪れる参詣者の名所案内にいつの頃からか登場   するようになり、それを三宅氏ゆかりの者が石碑建立に結び付けたものか。謎が残るというものである。
 石碑にある「常昌院」に足を運んでみた。山上に昇るケーブルの高架下をくぐり抜けしばらく歩けば立派な山門が見え、「常昌禅院」と書かれた石碑が顔を覗かせている。やがてお勤めを終えられたであろう御住職が運転する軽四輪が現れ、不躾ながら寺の来歴などを伺うことにした。
 曹洞宗のお寺で、近くにある神応寺とは本末関係にあるとのこと。寺の来歴について詳しいことはわからぬが、創建以来300年の歴史はあるものの、もともとこの地にあったものではなく移転してきたものらしいこと。寺自体は大正時代に建て替えられたことなどお話していただいた。
 そんなことに興味を持ったのは他でもない。京都府立大学がこのほど刊行した『八幡地域の古文書と石清水八幡宮の絵図』に竹中友里代さんが執筆した「二つの石清水八幡宮神領絵図の景観」と題する論文があり、その中に、現在の八幡市駅周辺の絵図も克明に記載された二つの絵図が紹介されているのである。
 一つは元禄期(1688~1704年)に書かれたとされる「石清水八幡宮神領古図」でありもう一つは文化十一年(1814)と明記された「石清水八幡宮境内図」である。
 ところが、両方ともに神応寺はあっても常昌院なる寺はない。だが、別名の寺は数多くあり、現在の「引窓南邸跡」と思える辺りに町屋が形成されているのである。『やわたの道しるべ』にある「この道が、かって八幡宮への参詣者の通り道であった」ことが実感できるのである。   

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by y-rekitan | 2010-08-28 11:00
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