◆会報第36号より-07 歴史カルタ

「八幡の歴史カルタ」に驚く

播磨 義昭 (会員)


 「八幡の歴史を探る」第35号(2月25日付)の「歴史カルタで八幡博士」を読み、慌てました。限定3 00部と書かれていたからです。「早く購入しないと売切れてしまう」と思い、急いで松花堂売店へ向かいました。
 「八幡の歴史カルタ」については、「八幡の歴史を探る」第33号(12月20日付)で知りました。当初はお付き合いで一組購入しようと思っておりましたが、帰宅後、カルタの箱を開けて驚きました。
 私は、堺市(反正天皇陵と堺事件で有名な妙国寺の中間点)で育ちました。八幡市に住むようになったのは、私が育った堺市と、母が育った京都市(中京区)の中間点に八幡市が位置することと、淀川の対岸に「百人一首」縁(ゆかり)の水無瀬神宮(離宮)があったからです。
 仕事と将棋と陶芸に熱中しておりましたので、長い間「百人一首絵巻物説」を忘れておりました。平成20年10月に陶芸課題が一段落致しましたので、「百人一首絵巻物説」を調べ始めました。島本町歴史文化資料館(旧麗天館)に何度も足を運び、林直道氏箸『百人一首の秘密』を入手し、「百人一首」の故地?を歩き回りました。
 ある日、島本町歴史文化資料館の学芸員に「しまもとの郷土かるたを見て下さい」と言われ、帰宅後インターネットで全国の「郷土かるた」を調べました。
 「八幡の歴史カルタ」を手にとって、先ず絵札の美しいことに驚きました。インターネットで見た全国各地の「郷土かるた」と比べると、「八幡の歴史カルタ」の絵札の美しさは、傑出していました。森川修氏が描かれたとのことですが、構図も色調も非常に優れています。こんなに優しく美しい絵を描く方が、八幡におられると思うだけで嬉しくなりました。
 次に、付録の「八幡の歴史カルタ年表」と「八幡歴史カルタ探訪マップ」を見ました。「八幡の歴史を探る」第33号の「八幡歴史カルタ-これまでとこれから」の最後に、土井三郎氏が「八幡の歴史カルタが、八幡の歴史を探求し、そこに誇りを持つことに繋がり、その誇りを次世代に伝えることになれば、こんな嬉しいことはありません」とお書きになっています。「八幡の歴史カルタ年表」と「八幡歴史カルタ探訪マップ」から、編纂メンバーの熱い想いが伝わってきました。
 私には購入した書籍等をすぐに読まない習癖があります。新規購入書籍を一旦書棚に並べ、新規購入書籍が「我が家に慣れてから」読むことにしております(本当のところは、読書予定が山積しており、すぐに読めないからなのですが)。購入した書籍等をすぐに読まない私が、購入当日に文字札詩句と裏面の解説を読んだのは、カルタの箱に洗練されたセンスを感じました。
f0300125_15464465.jpg
 現在、特に気に入っている文字札の詩句は次の通りです。
    1.おとこやま四十八坊いまどこに
    2.寺の跡参詣道にここかしこ
    3.利休とも語り合ったか瀧本坊
 この三枚の詩句を読むと、すぐにでも現地を訪れたくなります。
    1.鳥羽伏見橋本の街焼き戦い終わる
    2.淀屋邸豪商の夢今に伝えて
 五七調から外れたこの二枚の詩句は、八幡の歴史に対する作詞者の「想い入れ」が伝わってきて、気に入っております。

 私は歴史について全くの素人ですが、郷土の歴史については「郷土の歴史がどれほど素晴らしいかということより、その地に住む者が、郷土の歴史をどれ程学んでいるかが重要である」と考えております。
 前記の「八幡歴史カルタ-これまでとこれから」に、「そこ(過去の報告会やシンポジウム等)で語られたことや会員が学んだこと、そんな成果が今回のカルタ作りに生かされています」との記述があります。
 文字札裏面の解説をさらに詳しく知りたいと希望する会員や、将来入会する会員向けに、文字札毎の「更に詳しい解説」を作成して頂ければありがたい、と考えております。
 さらに勝手を申しますと、歴史探究の会会員中には、古墳好きの会員が何人もおられると思いますので(私は大山古墳の築造時三重濠説に拘っております)、茶臼山古墳・東車塚古墳・西車塚古墳の何れかを「更に詳しい解説」のいずこかに書き加えて頂ければ、なおさらありがたいと考えております。
 また、編纂時の苦労話等を、できるだけ多くご紹介下さいますようお願い致します。
 素晴らしい「八幡の歴史カルタ」の編纂に携われた全ての方々に、御礼申し上げます。
by y-rekitan | 2013-03-28 06:00 | Comments(0)
<< ◆会報第36号より-06 神原の講 ◆会報第36号より-end >>