◆会報第28号より-05 太鼓祭り①

シリーズ「八幡太鼓祭り」・・・①
八幡太鼓祭りについて(1)

 是枝 昌一 (会員) 


若い力と住民の結束力のパワー

 八幡の歴史を探究する会の活動もスタートして3回目の夏を迎え、八幡名物「太鼓祭り」への参加も3回目となりました(傍観者としてですが)。
 昨年は大雨の中、担ぐ方々の足元はドロドロ、神輿の上のうちわを振る人も雨の中、見物の方々も傘をさしての鑑賞と、散々の環境でしたが、「よっさーよっさー」の掛け声も勇ましく、無事宮入を完了されたことを思い出します。
 f0300125_17192594.jpg今年の梅雨明け宣言は17日、18日夕方の宮入は晴天の中と恵まれましたが、反面地面は砂ボコリが立ち、進行掛は水撒きに追われる情景が印象的で自然と人との混然とした調和を感じました。若い力の共有化の塊、住民の結束力のパワーに市長以下、ご苦労された保存会の皆様、市民の見物席からは盛大な拍手が届けられました。
 今年の神前の宮入りは、4年ぶりの平日開催となり、2基の神輿と3基の子供神輿が宮入りおこない、その他の地域の神輿は14日、15日の休日に市内を巡行しました。子供達の休みの関連、かつぎ手の確保のためといわれます。
 祭りの原点は『八幡考古録』によりますと、文政10年(1827、185年前)とされており「高良社祭礼、志水町内より太鼓出る」と記録が残っております。

和太鼓の歴史に触れる

 和太鼓は、縄文時代にはすでに情報伝達の手段として、利用されたといわれており、日本における太鼓の歴史は非常に古い。日本神話の天の岩戸の場面でも桶を伏せて音を鳴らしたと伝えられ、長野県茅野市にある尖石遺跡では、皮を張って太鼓として使用されていたのではないか推定される土器も出土しています。
 中世に入ると田楽などの発達などによってお囃子太鼓が隆盛し、戦国時代になると、大名たちが軍の統率をとるために太鼓を利用した陣太鼓が興ります。人間の心臓の鼓動に連携し自らを鼓舞する性質があるという説もあり、戦いにおける太鼓の使用はこの説に従えば有効な活用法であったといえます。近年では時刻を知らせるにも太鼓が使用されました。  《次号につづく》

<<< 連載を抜けてTOPへ        この連載記事の続きは⇒⇒

by y-rekitan | 2012-07-28 08:00 | Comments(0)
<< ◆会報第28号より-04 茶久蓮寺 ◆会報第28号より-end >>