◆会報第50号より-05 八幡宮の歴史①

シリーズ「石清水八幡宮の歴史Q&A」・・・①
第1回

Q:八幡の歴史を探究する会 事務局  
A:石清水八幡宮   禰宜  西 中道 

石清水八幡宮の歴史に関して、会員の皆さんが日頃より疑問に思っていることを西禰宜にお聞きしました。4月例会の際に、西さんのご講演の後で一括してお答え頂いたことがらですが、会報にて一つずつ再現したいと思います。
Q:明治初年の神仏分離によって、山上の寺院関連の施設や仏像が山上から離れました。現在、何がどこに残されているのか。わかっているものだけでも教えて下さい。

A:まず、開山堂にあった行教和尚の坐像ですが、石清水八幡宮を開創された僧の尊像ですので、何とか山上に残そうとしました。そこで、烏帽子を被せ狩衣を着せて神様の姿にするなど苦心しましたが、叶わず明治6年に神応寺にお引き受けいただきました。なお、同じく開山堂に祀られていた弘法大師像をお預かりしているとのお手紙を、先日神戸のあるお寺から頂戴し、目下調査中です。他にも開山堂には初代検校・益信(やくしん)の像が安置されていましたが、こちらは行方不明のままです。
 また、山麓の極楽寺に安置されていたという宝冠阿弥陀如来坐像や僧形八幡神坐像が善法律寺に、山上にあった八角堂の阿弥陀如来坐像と元三堂の元三大師像が正法寺に、泉坊の一部と松花堂が八幡市立松花堂庭園内に、狩尾社境内にあった帝釈天立像が橋本の西遊寺に、それぞれ移されて今も大切にお守りされています。
f0300125_10342111.jpg 太子堂にありました聖徳太子2歳の御像ですが、滋賀県の大津市内にある国分聖徳太子会という所でお守りされています。また、豊蔵坊にありました東照神君(徳川家康)像は、洛北の等持院が所蔵し、妙心寺にも当宮の仏像があるやに聞いております。さらに護国寺の本尊・薬師如来像および大江匡房(おおえのまさふさ)卿が寄進した十二神将像は、淡路島の東山寺に安置されています。それから京都市内、新京極の誓願寺にも当宮にあった阿弥陀如来坐像が安置され、奈良国立博物館には宝塔院(琴塔)の毘沙門天立像が所蔵されています。他にも何点か未確認情報があり、おいおい判明することがあれば改めてご紹介していきたいと思っております。



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by y-rekitan | 2014-05-28 08:00 | Comments(0)
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