◆会報第7号より-01 上津屋の名所

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《歴探ウォーキング》
上津屋の名所をめぐる
― 2010年10月  現地及び四季彩館会議室 ―


伊佐家の見学

 10月23日(土)、上津屋(こうづや)の名所、伊佐家、流れ橋、石田神社をめぐる現地見学会を実施しました。
 好天に恵まれ、八幡市駅前から出発した送迎バスには15名、マイカーで四季彩館に集合した参加者16名、合わせて31名がまず伊佐家を訪問。
 伊佐家は、代々天領の庄屋を勤めた家で、敷地は約2600平方メートル。住宅周囲には石垣が築かれ正面の南側道路には濠跡が残っています。f0300125_20355727.jpg
 玄関先に御当主である伊佐錠治さんと奥様が出迎え、お二人の先導のもとに二つのグループに分かれて屋敷内を見学しました。
 まず目につくのが、昭和50年に重要文化財に指定された主屋(おもや)のどっしりとした佇まい。軒の厚い茅葺(かやぶき)が印象的です。その主家を横目に、高い赤壁で仕切られた塀の中門をくぐると広い庭に出ます。
 庭には、その昔主人代々の墓もあったとか。墓石は一部庭石として利用されているとのこと。庭に面した座敷も広い。三点セットとして床の間、城楼(せいろう)棚、付け書院も備わっている本格的なものです。f0300125_20373773.jpg
 庭をめぐると石垣の上に建つ四つの土蔵が目に入ります。右から東蔵(ひがしくら)、木小屋、二階蔵、乾蔵(いぬいくら)です。それらが渡り廊下と高縁で結ばれているのは大変めずらしいとのことです。それらの土蔵も重文に指定されたとのこと。再び主屋に入り、江戸時代のままの台所に入り、祭礼用の大くど等を見学。
 伊佐家を後にして、木津川堤防にあがり、流れ橋を見て石田神社へ移動しました。

 
石田神社の見学

  鳥居近くで私たちを待っていて下さった金森さんが、早速境内を案内して下さいました。
 同社は702年(大宝2)に創建され、度重なる木津川の決壊などで何度も再興されてきたとのことです。
 拝殿にある「算額」は、明和2年(1765)に、当時18歳の伊佐正富氏が京都の和算の大家村井中漸に学んだ算術の問題を図と文章で表し、石田神社に奉納したものです。右の写真は復元したもの。f0300125_20401352.jpg
 また、明治以前、石田神社が牛頭天王社と呼ばれていた頃に、境内には真言宗の福泉寺があったそうです。ご本尊は「薬師如来像」。木津川の洪水を鎮め疫病を平癒してくれる氏神本地仏として村民より深く信仰されていたとのこと。そして、明治維新となり、政府の命令により神仏習合が許されず、村人・氏子が協議の上で本尊は近くにある西雲寺境内の薬師堂に移されたとのことです。

おはなしと講演

 「八幡屋」で昼食を摂り、午後1時より四季彩館を会場にお話と講演。
 再び金森さんが、「石田神社の歴史と和算」と題して話題提供をしてくださいました。表題のテーマにちなんで、「上津屋の歴史と流れ橋」、「算額の奉納」、「境内神社の祭神」「世界がびっくり!庶民の算術」など多岐にわたりました。
 「算額」は、全国各地に約1000枚も残っており、当時の西洋数学の水準と比べても程度が高いとのこと。高度な数学のレベルが要求されたということであり、江戸時代の農業や産業全般の生産力の高さの反映かもしれません。そして、何より庶民の知的好奇心の高さには驚かざるを得ません。

 続いて、伊佐さんが映像をもとに、「伊佐家の歴史と文化財保存」と題して、とくに、土蔵の維持管理を中心に語ってくれました。
 印象深いテーマが提起されました。
 その一つが、江戸時代における上棟の際のしきたりと豪華な宴と称すべきものです。弘化4年(1847)の史料によれば、大工だけでなく、町内外から親戚や出入りの者達を招待し、「四ツ時迄祝宴」したり近所に牡丹餅(ぼたもち)を配ったりしているのです。四ツ時とは午後10時のこと。庄屋ゆえの村民へのサービスと解釈してよいのか、一種の義務なのかわかりませんが、大変な散財であることは確かです。
 二つ目が修復の大変さ。伊佐家住宅では、平成18年から平成19年にかけて総工費8千万円余を費やし東蔵、乾蔵、二階蔵、木小屋の修復工事を行ったとのこと。事業主体は伊佐家です。工事は、石垣破損・地質調査を施したうえで、揚前工事、基礎工事、石工事と続き、最後に復旧工事で完成するというものです。総工費8000万円の内、所有者である伊佐家の負担額はなんと1000万円! 

所有者負担には限界!
 伊佐さんは、ご自身の代における修繕工事は蔵の修復で終わったわけではないとのこと。主屋(おもや)の修復が遠くない時期に待っているとし、後継者の問題も含め、これ以上の個人負担は無理であると正直に胸の内を吐露するのでした。そして、文化財の保存を誰がどのように進めるのか。皆さんで大いに議論してほしいと提起し、一応の講演を終えました。
 重い課題を受け、何人かが発言しました。
 いずれにしても、市民的な運動で文化資源の確保・維持という途を模索する手立てを考えていきたいというのが共通の認識になりました。
 午後からの参加者を含めて全体で37名でした。  (文責 土井三郎)

 
一口感想より
 「上津屋の歴史と伊佐家のことが分かり良かった。伊佐家のお話は目で見て具体的でよくわかりました。経済的なこと、本当に大変なことで御苦労さまです。よいお宝を見せてもらってありがたかったです。八幡市の活性化に歴史的な物は大変重要なので各人の努力が本当に大切だと思います。

 20数年前に流れ橋が流れた時にいつも思っていたことですが、上流の高山ダムの放流の仕方が悪い! 修復代は三重県に出してもらうべきや!と思っていたら、金森さんがちゃんと高山ダムと連絡を取って流失を防いでおられたと聞き、やっぱりわかった人はちがう!と感心しました。(後略)」○○子

「今日は天気も良く、楽しく歩けました。伊佐さんのお宅にはとても関心を持ちました。250年ほども持たれているのはすばらしい事ですね。石田神社の鳥居にはとても感動しました。大切にしていきたいですね。食事はおいしくいただきました。(後略)。」 S

「住宅保存のむずかしさを痛感しました。埋蔵文化財の調査にも似たような話があります。今後の会のテーマにもなります。」A

「八幡に住んで27年。伊佐家の名は知っていたが、はじめて見学しました。蔵の多さと井戸など生活ぶりが少しうかがえて興味深かった。維持管理は大変だろうと思った。石田神社は横を通るだけだったが、算額で和算がさかんであったという話を聞いて今のクイズブームのようだが、あまりにも高度なのでびっくり。」N

「伊佐家を見学できて最高でした。まして御当主お二人の案内を受けて大変ありがたく思っています。」I

「前々から見たいと思っていた伊佐家を見ることが出来、しかも詳しく説明して頂き有難かったです。石田神社も詳しく説明していただき、有難うございました。」K

「上津屋には里・浜・東の3つの上津屋があったとは知らなかった。今回はそんな由来の話が聞けて非常によかったです。」O

「貴重なお話をありがとうございました。多くを知り勉強になりました。文化財保護が今後手厚く行われることを期待します。生活感を持ちながら維持されることは大変かと思いますが・・・もっとオープンにしてネットなどで世界中の人に知ってもらったらどうでしょうか。何かよいアイディアあるいは助けてくださる人・企業が出てくるのでは?(大金持ち・芸術家・外国の人etc)このような催しが頻繁に開かれることも大切だと思います。」 H

「大変興味深く拝聴しました。個人が所有されている文化財の維持・保存は大変ご苦労の多いことだと改めて感じました。公的補助の一層の充実が必要かと思います。公の施設として入場料を取り一般公開されるのも一案だと思います。無理は承知で申し上げます。石田神社に算額が残っていたことにも驚きました。」 

「伊佐家は以前より興味はあったが見学の機会がなかったので、今回見学できてよかった。庄屋家のりっぱなつくりに感心したが、特に蔵が沢山あったのにおどろきました。又、古い文化財の維持管理の大変さも多少理解できた。また、石田神社は流れ橋へ来た時、いつも通りすぎるだけで良く知らなかったが、大変古い神社であることが分かっておもしろかった。」  T

「伊佐家を初めて見学していい勉強になりました。古い民家は日本の財産ですので、残してほしいとおもいます。」 C

「伊佐家さんの見学ですが古民家のあり様を興味深く見させて頂きました。私達見る側にとっては江戸時代その他を見る思いが致しましたが、現在においては大変なご苦労がおありだなあとつくづく思いました。ご当主さまが、もうくずれたって倒れたってよいなどとおっしゃっていましたが、どうぞこれからも残していって欲しいと個人的には思いました。」F

「流れ橋を初めて拝見しましたが、自然の風景の中で悠久の美をたたえている様で、美しい木の橋におどろくばかり。流れた修理費が8千万円もかかったとのことですが、でもお金はかかっても守っていきたいものですね。伊佐家も保守していく当主の苦悩もよく理解出来ました。

 伊佐家への提案
 若い人も古民家をよく理解してもらうべき。月一度お蔵を解放し、クラシックコンサート(勿論地元の大学生の発表の場として)etcや地元の人による“八幡ことば”“八幡の民話”を開催して地元の人を巻き込み活性化をはかる。」  M

「石田神社の歴史の古さや古民家の保存の困難さ等のお話を聞き大変さを知り、胸を痛くしました。市の広報紙に伊佐家・石田神社の歴史等を掲載してはいかがでしょうか」S

「伊佐家を守る会をつくってはどうですか。石田神社の宣伝ももっとしてください。」I

「以前から一度は見たかった伊佐家の内部、造り、歴史、庭等の全てがしろうとながら素晴らしく感じた。また、説明頂いたご当主、奥さんの人柄にも親しみを感じた。」

「この会を初めて知り、前から伊佐家を見たいと思っていたので、急に参加しました。大変興味深く、説明もていねいで良かった。保存の財源確保は今後の課題ですね。チラシを公民館にもおいていただきたい。」

「本日は貴重なお話、見学をさせて頂きましてありがとうございます。伊佐家は表からしか拝見しておりませんでしたので大変うれしくおもいます。西雲寺の北側の伊佐家のお話も聞かせてほしかったです。里上津屋の伊佐家の母家がなくなってしまいました。浜上津屋は何とか保存して下さい。」M

「伊佐家の見学、石田神社と八幡に昭和53年に引っ越して来て初めて聞いたお話。現場に行くと良く判ります。伊佐家の保存、本当になんとかなりませんかね。皆さんの行動で何か動けば良いなと思います。本日はありがとうございました。」N

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by y-rekitan | 2010-10-28 12:00 | Comments(0)
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