◆会報第40号より-02 資料館巡り

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《7月例会 歴史探訪ツアー》
二つの資料館をめぐる
   

― 2013年7月  木津川市 城陽市にて ―


 7月18日(水)に実施された歴史探訪バスツアーは、事故もなく、所期の目的を果たしました。お二人の感想文をもって、7月例会の報告に代えます。(事務局)

日時: 平成25年7月18日 午前9時出発 午後4時帰着 (貸切りバス利用)
見学先:  山城郷土資料館 10.00~12.40 (解説:同館資料課長 田中淳一郎氏)
       城陽市歴史民俗資料館13.15~15.10 (解説:同館学芸員 三桝佳世氏)
       参加者: 33名

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「二つの資料館をめぐる見学ツアーに寄せて」
恩村 政雄 (会員)

百聞は一見に如かず

 当八幡の歴史を探求する会が平成22年に発足以来、会員の研究発表の場として、また外部より有識者を招いてのセミナー実施等による「聞く・読む・書く」を主体とした座学研究会を推進してきましたが、今までの研究成果の確認および南山城の史実の視野を拡げることを目的とした、近隣の2資料館の古文物と出土物の本物を「この目で見る」見学ツアーに参加いたしました。

山城郷土資料館で、絵図や朱印状、阿弥陀如来立像などに感激

 八幡市出発時にはひとしきり雨が降りましたが、この雨のお陰で暑さも和らぎ快適なバス旅行となり、40分も経たぬうちに山城郷土資料館に到着。
 同館は昭和57年開館以来、2階に南山城地区の歴史遺産を体系的に展示した常設展示と、時宜のニーズを捉えた企画展示(7/6~8/25は南山城の災害史展)を意欲的に実施・運営していますが、今回は特別に資料庫保存の「石清水八幡宮山上山下八郷惣絵図」(正法寺蔵)と徳川家康・秀忠及び豊臣秀吉書状の判物・朱印状の古文書10枚余が3階会議室の長机に広げられ、田中資料課長より1時間に亘り説明されました。f0300125_733217.jpg
参加者は吐く息にも注意して、絵図および古文書に目は食い入り、田中課長説明の言葉に耳をそば立たせて聞きいりました。本物を眼のあたりにして誰しも興奮気味。緊張のし過ぎから思わず手や衣服が絵図や古文書に触れて、長机からずり落ちそうになり、あわてた田中課長の注意の声が度々聞こえてきました。
 その後、2階の常設展示に移り、田中課長より更に1時間に亘り美濃山宝寿院本尊の阿弥陀如来立像、式部谷の銅鐸(レプリカ)をはじめ南山城の考古、歴史、民俗文物や出土物の説明を受け、南山城における八幡の位置づけや力のバランス等に思いを巡らしました。f0300125_78478.jpg  
さらに企画展示では慶長元年(1596)地震による内里八丁遺跡噴砂はぎとりパネル、及び昭和28年南山城水害を伝える夥しい写真や新聞切り抜きを見、読み、近時年に起こるであろうと云われる東南海地震発生の災害を想像し、災害対策をしなければと心が動きました。なお、内里八丁遺跡の噴砂はぎ取りパネルは八幡市ふるさと学習館からの提供のものです。

城陽は歴史の宝庫と認識を改める

 八幡市上津屋と城陽市上津屋は、昔は一つの村を形成。現在は流れ橋を渡りしばらく南に歩けばそこが城陽市。八幡市と隣接していますが木津川に阻まれ、遠いという距離感を持っていました。
   城陽市歴史民俗資料館(愛称:五里ごり館)は文化パルク城陽の4階にあり、城陽市域が床面に印刷、たくさんの古墳出土品および城陽市の文物等が展示されています。
 展示の古絵図から京都から約五里、奈良からも約五里の2都の中間という地の利を有し、街道沿いに数多くの本陣、旅籠、商家が存し、往時の賑わいが想定されます。
中近世だけでなく古代においても木津川流域集落として栄え、首長の支配力の強さをあらわす久津川古墳(前方後円墳 全長272m、墳丘長180m 墳丘の長さ、高さは文化パルク城陽全容とほぼ同一の大きさとなる)をはじめ 189もの古墳が城陽市内に散在していることは驚きでありました。f0300125_7104972.jpg
 さらに「全国でも唯一出土品の銅釧(ドウクシロ)」「古墳を模した中の首長の遺体の下には5,000個以上もの勾玉の敷き詰め」「南山城では稀有の大般若経全巻(601巻)の保存」には大いに関心を抱いたものです。
願わくば、展示品の説明資料が作成されていれば、城陽市史および八幡との文物交流状況の理解が深まり、研究成果の確認がより進んだのではと思われました。

 
おわりに

 今回の2館の見学ツアーは私にとっては予期以上の満足感を得ました。
 いつもは、資料館の展示品を見ただけでは「何だ、他館と同じではないか」と思い、サァーと流し見してしまっていましたが、今回のように学芸員が展示品を系統だって説明していただけると、その背景、その時代の息づかいが感じられ、展示品が私に語りかけているような感じを強くいたしました。

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「楽しく、充実した時間を過ごしました―歴史探訪ツアー感想記」

宰川 淳一 (会員)

 初めまして。ずい分前になりますが、松花堂美術館講習室で、(資料を見ますと昨年6月16日)探究する会に出席させて頂いて以来の参加です。その時の「八幡の町の成り立ち」と題した八幡市教育委員会文化財保護課の大洞真白係長さまのご講話をお聞きし、又、この度は府立山城郷土資料館にて資料課長田中淳一郎様のお話が聞けました。内容的には、前述の大洞様のお話と関連付け(会報27号をあらためて見ながら・・・)が解り、それなりに理解でき、勉強になりました。f0300125_7152393.jpg
 又、正法寺蔵の絵図、林家蔵の徳川家康朱印状、宝寿院にあった阿弥陀如来像など素晴らしい歴史遺産の数々を見学出来ました事、それに、城陽市歴史民俗資料館での“上津屋”は木津川の歴史に翻弄された結果の一つの遺産である等、私には歴史を振り返る素晴らしさを充分に味わえました。
 次に、会の感想としましては、会員の皆様の見学(探究)態度から、それぞれの方の興味の深さ、濃さ、レベルの高さを感じました。私もこれから勉強するようにして、探究までは行きませんが、少しでも知識を増幅出来たらと思います。
 私的には、今のところ興味が特にあるものに、古墳など昔の人びとの生活に思いを寄せられる埋蔵品があります。私自身、この2年位、石清水八幡宮、神應寺を散歩コースにし、そこからみつけたものもありますが、一方で、木津川にかかる新御幸橋から下流約500mの河床遺跡から、皿・壺・急須・すり鉢状の物、また石器として使われたのでは?と思われるもの等20~30点ぐらい採取したりしています。もっとも、その文化的価値や知識はほとんどありませんが、“昔”のものに親しみとこだわりを感じ、その“出会い”を楽しんでいます。
f0300125_7184932.jpg 木津川は、御幸橋の架け替えによる河床の形状変化に伴う流れの変化で、川床に眠っていた“昔のもの”が掘り起こされて、それこそ永い眠りから表面に浮上したものでは?と思います。 古文書にも興味はありますが、時代背景と文書の書式等の知識がまったくありませんから、勿論、文面も読めません。今回朱印状の解説などあり興味が起きました。資料館の説明を頂きながらの勉強会には是非又参加させて頂きたいですね。
 近々、72歳になる身ですが、無理なく楽しく、勉強が出来ましたらと思います。皆様方、先輩方のご指導を賜りながら続けていけたらと思います。いろいろとありがとうございました。


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by y-rekitan | 2013-07-28 11:00 | Comments(0)
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