◆会報第28号より-02 良いまち良い川

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《講 演 会》
良いまちには良い川がある
―2012年7月  八幡市生涯学習センターにて―

国土問題研究会  中川 学


 7月例会は、表記のタイトルで中川学さんにご講演頂きました。河川計画の専門家の立場から、よりよい河川のあり方を地域住民とともに考え行動している方です。以下、概略を紹介します。なお、見出しとルビは、編集担当によるものです。地形図は、講演で示されたものと別のものを使用しています。

近年の川づくりのうごき

 高度経済成長時代、川は埋められ収奪された。川は三面張りに改修され暗渠(あんきょ)化された。また、工場や家庭からの排水によって水質汚濁の問題が起こった。人々の暮らしから河川が遠ざけられたのである。
 その反省から「親水」の河川整備が進められた。都市環境の劣悪化への反省から、水辺の価値が見直されたのである。ただし、河川や水辺の「効率的」活用がさけばれ、河川空間が遊園地化されたり不自然な改修が施されたりした。
 そんな中、多自然型(近自然型)川づくりが提唱され、河川や水辺に特有の自然環境の保全や復元がなされてきた。だが、例えば石や木などの自然素材を使えば等の素材至上主義がはびこった。技術者の未熟という問題もある。
 今、そのような問題を克服すべく、「都市と川をめぐるトータルデザインへ」の動きが見られるようになった。キーワードは、「暮らしとの関わりの緊密化」と「必然性のある河川デザイン」である。

今日求められる公共事業の質とは

 河川デザインの考え方とは何か。
  • 地域性や固有性、場所性から必然性のあるデザインを試みるということである。
  • 歴史性・・・・・舟運や神事などの歴史をふまえる。
  • 自然性・・・・・河川のダイナミズムを知る。
  • 親水性・・・・・幼い時から川で遊び、川に親しむ。そうすれば、大人になっても川に関心が持てる。
  • 河川利用・・・・・生活感あるデザインでありたい。
 河川のあり様は公共事業の質に規定される。高度経済成長期では、「需要追随型」に、バブル後遺症期にあっては「需要喚起型」に、そして少子高齢化の現代にあっては「成熟型社会」にあった公共事業の質が問われる。
 今日求められる公共事業の質は、以下のように図式化される。
早い  →   じっくりと
安い  →  質の良いものを
剛い  →   柔(しなやかに)
 要するに、「エネルギー浪費型社会」から「持続可能型社会」への転換こそ求められる。

放生川の清流復活をめざして

 以上が「総論」ならば、以下に述べる事は「各論」である。
 各論を述べるためには、いくつかふまえておかなければならない事項がある。

(1) 木津川周辺の地形・地質の特徴
 木津川は、現在の伏見から淀辺りで桂川と宇治川が合流し、その合流した地点に広大な巨椋池(おぐらいけ)が広がっていた。また、木津川を包むおぐらいけ地質として大阪層群・丹波古生層・花崗岩があり、上流部からの土砂流出が盛んである。
 そのため木津川はその支流も含めて川床が高くなった。大谷川の上流の防賀川(ぼうががわ)では、マンボと呼ばれる煉瓦づくりのトンネルがあってf0300125_11454821.jpg、防賀川がJR学研都市線の上を流れている箇所がある。大変危険な箇所であり、現在防賀川の切り下げ工事が進んでいる。

(2) 舟運など木津川利用の歴史
 木津川には、両岸を結ぶ渡し舟が多く往来していた。「流れ橋」は上津屋の渡しがあったところに、1953年(昭和28)に架設された。通称「流れ橋」であるが、正式には府道八幡城陽線「上津屋(こうづや)橋」という。「府道」として京都府が管理していて、流されると、「災害復旧事業」により全額国庫負担で復旧される。

(3) 洪水の歴史
 木津川とその支流はたびたび洪水に見舞われた。『八幡市誌』第2巻に詳述さているように、正徳4年(1714)、現在の防賀川筋の上奈良・内里両村と下奈良村との領境にあたる蜻蛉尻(とんぼじり)堤を、上流にあたる上奈良・内里両村が多人数で切り取るという事件が起こった。洪悪水処理をめぐる争論である。
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 秀吉は、伏見築城に際して、伏見と大坂の舟運事業を進めるために、巨椋池から宇治川の分離を図った。しかし、巨椋池より高い位置にある槙島に築堤するなど、かなり無理な工事であり、今そのツケが来ていると言える。
 明治初年の木津川の川筋を替える工事は、木津川の洪水を押さえるだけでなく、宇治川の水の流れを良くするためのものでもあった。合流する三川が相互に逆流したりしないように、背割り堤を造って、合流部を下流に移す工事であった。

(4) 現在の河川改修事業の概要
 昔から比べると木津川の河床が下がり、大谷川の水を樋門を通して木津川に排水しやすくなった。現在の大谷川改修計画では、新たな樋門を造って流域を6分割するよう計画されている。従来からある橋本樋門以外に3つが完成し、あと2カ所で計画されている。

(5) 暮らしに身近な放生川を考える
 石清水祭で放生会の神事が行われる放生川であるが、水量が少ないこととその汚れに悩まされている。水量が少ないのは、八幡地域は傾斜が極端になく、そもそも水が流れない地形であることによる。
 水の汚れについては、水質浄化装置が設置され一定の効果をあげているが、例えば、地下水のくみ上げによって清流を取り戻すなど更なる改善の余地がある。
 何よりも重要なことは、周辺住民が大谷川・放生川に関心をもって行政とともに、どうやって清流を取り戻すのか話し合い合意形成をはかることである。その際のキーワードは「暮らしに身近な河川」ということである。

 講演の後、水害対策としてのダムの問題や放生川浄化の取り組みなど質疑応答がありました。以下、一口感想を紹介します。

f0300125_11554019.jpg ◎ たまにしか参加していないが、大谷川の清掃活動に参加して気になるのは、川に投げられるゴミの量である。川を人から遠ざけた永年の政策の結果とはいえ寂しい。住民参加で大谷川・放生川に清流を取り戻したい。(S)
◎ 3 6 5日毎日の小さな取組みの積み重ねが長いスパンで見れば人々の生活に潤いをもたらすのでは……。人と自然、いつになったら「対話」ができるのでしょうか。(H)
◎ 人と川とのつきあい方を知り、生き物としての川とどのように関わっていくか、考えさせられた。お願い:参加費が高くなってかまいません。資料の活字や地図などを大きくしてほしい。(U)
 ※ 参加費は上げませんが要望はしかと受けとめました。(事務局)
◎ 八幡の川、八幡の泉、今は名前だけが残って、何の役することもない。自然のために、子どもが楽しめるための水利用を考えたい。(S)

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by y-rekitan | 2012-07-28 11:00 | Comments(0)
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