◆会報第52号より-03  松花堂庭園

松花堂庭園とその魅力
―名勝指定と庭園案内に思うこと―

藤田 美代子 (会員)

 本年6月20日、「松花堂および書院庭園」が国の名勝に指定されました。石橋館長以下多くの関係者のみなさまのご努力の賜物だと思います。これを記念して、庭園の沿革を紹介し、日々来訪者を庭園ボランティアガイドとして案内しながら感じていることなどを記してみたいと思います。

1、松花堂庭園の沿革

 廃仏毀釈の影響で、石清水八幡宮が鎮座する男山の中腹にあった泉坊の草庵茶室「松花堂」は、明治7年(1874)大谷治麿氏が買取り、山麓の山路(現八幡山柴)の邸宅に移築されました。後、以下のように変遷します。
  • 明治13年(1880) 八幡山柴から八幡志水の西車塚古墳に移設。
  • 明治24年(1891) 国学者井上忠繼氏が譲りうけ、現在の地に移築。この頃、泉坊書院も移す。
  • 昭和14年(1939)までに西村芳次郎氏が内園を整備・復元する。
  • 昭和28年(1953)までに西村大成氏、同38年までに迫田氏と所有者が変遷する。
  • 昭和32年(1957) 草庵茶室「松花堂」と「男山松花堂跡」が国の史跡に指定される。
  • 昭和38年(1963) 塚本泰山氏が譲り受け、周辺の田畑を買収・造成し、そこに美術館(資料館)と三つの茶室を設け、40種類の竹・笹をはじめ銘木・銘石を配した大和風庭園を築造する。茶室は中村昌生工学博士の調査・設計・指導に基づき安井工務店が施工。竹の整備は上田弘一郎京大名誉教授、椿の整備は渡邊武博士、造園は関口鋭太郎博士(京大名誉教授)の指導による。
  • 昭和52年(1977) 八幡市が市制施行記念事業の一環として約6億5千万円で譲り受け、同年11月1日の市制施行と同時に「松花堂庭園」として一般に公開。
  • 昭和58年(1983) (公財)やわた市民文化事業団の管理委託となる。
  • 昭和59年(1984) 泉坊書院・玄関が京都府登録文化財に、草庵茶室「松花堂」が京都府指定文化財となる。
  • 昭和60年(1985) 八幡市文学碑建立事業の第一号として「吉井勇歌碑」が建立され、除幕式に孝子夫人が参列。
  • 平成4年(1992)  庭園内各所に京都の古刹・名跡に設けられている竹垣23種類を新設。
  • 平成5年(1993)  庭園西方に、京椿など茶花100種類余を植栽し、「椿園」とする。
  • 平成14年(2002)4月、「松花堂美術館」竣工、開館。
     同年10月 「松花堂美術館」グランドオープン。
 (庭園案内資料「松花堂庭園の沿革」より)

2、来園者を案内しながら思うこと

 庭園は、大きく分けて外園、内園、椿園に分けられると思います。来園者には、以下のように案内しています。
(1)外園では
 外園では、竹と四季折々に咲く花々を味わっていただきながら歩き、趣きを異にする三つのお茶室の特徴をお話します。 f0300125_11154649.jpg                    
 蹲踞(つくばい)に設置された水琴窟(すいきんくつ)や織部灯籠に侘び寂びを強調した宗旦好みの梅隠をご案内し、瀧本坊の一角にあった閑雲軒を再現した松隠では、松花堂昭乗と小堀遠州の関係や男山中腹にあった頃の掛け造りや空中茶室のご説明をします。竹隠では、ウイークデーにご案内の場合、次回は是非とも日曜茶席でご一服いただくようお勧めします。現代の数寄屋大工の工夫と技術を凝らした茶室内部をご覧いただきながら、お抹茶をと。
 別館では、納涼寄席や能面展など様々な催し物が開かれ、椿展では、切り花が数えきれないくらいに展示されていることをお話します。そして、当初の表門であった高坊をご説明し、おみなえし塚で、平安時代初期の悲恋物語を語ります。

(2)内園では
 内園に入りますと、何といっても草庵茶室松花堂を中心に、昭乗さんについて語ります。
瀧本坊の住職の座を譲った後、たった二畳のこの小さな庵に移り隠棲。その2年後にこの世を去りますが、ご案内しながら私自身、その頃に訪れた文人・墨客とどの様なことを語り合ったのだろうかといつも思います。   
 昭乗さんの書と伝わる三つの木額と、この小さな庵の中に仏壇と床の間と袋戸棚があり、土間にはおくどさんまであります。小さな庵とは対照的に、大地を這う様な広がりを感じる太子の手水鉢。f0300125_11214680.jpg10回忌に建てられた、やわらかみのある八幡形灯籠と、庵を見守るようにふっくらと咲く昭乗椿は、まさに昭乗さんそのものの様に私には思えるのです。私の大好きな空間であり、ご来園者には是非味わっていただきたい空間です。男山中腹にあった時も、この様な佇まいの中で書画を描き詩歌を作り風流を談じたのでしょうか。
書院・客殿をご説明し、前庭を通り、雪月花、崑崙黒椿、肥前薄雲、酔羽衣を見ながら東車塚古墳へと、美しい松や草屋形灯籠をご案内してゆきます。

(3)椿園では
 椿園では、その季節でない時も、竹の種類がいろいろあり、時間が許す限り竹についてご説明します。
 椿の季節、園内は華やかに一変します。これ以上の艶やかさはあるのかしらと思える岩根絞や、まさに茶花にと思える、f0300125_11263352.jpgシンプルな高台寺椿、聖、宗旦、素白など。一面が明るくなる都鳥、枝垂れ桜ならぬ枝垂れ椿の孔雀椿などなど枚挙にいとまがありません。椿の無い季節に初めて来られた方は、必ずもう一度来たいと出口でおっしゃいます。
 最近のご案内で、書院前庭を歩きながら、生きている時に両親をつれて来たかったとおっしゃる方がいらっしゃいました。どういう所でそのようにお感じになったのか、次の案内の時間が迫っておりましたため聞きそびれてしまいましたが・・・。
 また、別の方で、ホテルに戻られ、窓の外を眺めながら、草庵茶室のことを思い出しております。京都の名所が一つ増えましたなどとメールをいただきますと、これからも、庭園を訪れる多くの方々にとって「心に残るような庭園」であってほしいと思いますし、「八幡が誇れる名園」としてあり続けていってほしいと思うのです。

                     
3、私にとっての松花堂庭園

f0300125_11333913.jpg ご来園者は、それぞれにご興味の有り様が違います。草花であり、写真であり、茶室の佇まいであり、歴史でありと。それらのことがらを味わいながら、移ろいゆく季節とともに静かにゆっくり歩いていただけたらと思います。
 椿の時期は、多くの方がいらっしゃいます。枝垂れ桜が美しい頃、いやつつじの頃、いや紅葉だといろいろおしゃいますが、私は年間を通じ青葉の頃が最も好きです。大山蓮華が咲き、夏に向かう頃の園内に入りますと、自分が緑に染まってしまいそうなくらいの緑のグラデーションが美しい頃です。
 f0300125_113654.jpgまた、今迄で印象に残っている光景として、雪の降ったある朝のことを思い出します。
当番になっていましたが、歩くのも危ないそんな雪の日に来園者はいらっしゃいません。控室からカメラを持って雪の中に足跡を残し椿園に向かいました。渡邊先生遺愛の椿に、こんもりと雪が載っており、雪の重さに耐えるように懸命に雪の中で色づいているのです。人生の縮図を見る様で、何ともけなげで、思わずシャッターを切ったことを覚えています。
 これからも、この庭園を愛して下さるご来園者の皆さまの邪魔にならず、ていねいにご案内してゆけたらと思っています。
by y-rekitan | 2014-07-28 10:00 | Comments(0)
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