◆会報第56号より-08 磯田氏の講演

磯田道史氏の講演に学ぶ

野間口 秀國 (会員)


 この9月下旬にTVで放映された「武士の家計簿」を観ながらこの度の磯田道史氏の講演のことを考えておりました。早めにチケットを求め先輩のA氏に薦められた同名の本にも目を通して当日の会場に足を運びました。
 講演に先立つ舞台には八幡市のゆるキャラ「タケちゃん・ノコちゃん」を初め京田辺市の「一休さん」他、近隣の町のゆるキャラが複数出演して会場はまさにゆるーい楽しい雰囲気に包まれました。講演の内容もまずゆるキャラからでした。氏は2000年頃前の卑弥呼の時代から、嘴の付いたお面をかぶり、羽根の付いた衣装をまとった女占い師(シャーマン)はその始まりではないだろうかと話されました。

 続いて「石清水八幡宮にどなたが祀られているのか」の話では、比売大神に関連して、現在の福岡県宗像市が当時は海を挟んだ大陸との往来を可能にする唯一の窓口であったことや稲作にも必要であった鉄の輸入がその原材料では無く中間製品(インゴット・塊)であったことなどが興味深く聞けました。また、鬼門(北東の位置や方角)の謂れが中国の北京であることも初めて知りました。

 氏の引き出しはとても多く、次々とその引き出しを開けて楽しくて興味を引く話が続きました。それぞれを紙面で書くことは難しいですが、それらは、戦の起きた場所やその特徴、明智光秀の戦略と敗戦の理由、弓矢の戦では兜の天井に神の降りる孔があっが鉄砲を使う戦では孔が無くなったこと、豊臣秀吉が八幡様になれなかった理由、八幡が歴史の交差点であり自由世界(アジール)であったこと、謡曲「女郎花」にて詠われた和歌の解釈、八幡宮の神人のこと、嵐山の渡月橋の設計者のこと等々です。

 また、徳川家康の側室は3期に分かれること、鷹狩りや戦地になぜ2名を連れて行ったのか、お亀の方が上品で教養のあった女性であったことなどは家康の性格を知るうえでも分かりやすい内容でした。八幡の歴史を学ぶ者としてそれぞれの内容が興味あるものでしたが、私にとって印象に残った話は、徳川家康は朝廷と神社が結託することを恐れて大名を置かず、小さく分割して朱印状にて八幡を非領国とし周辺大名に見張らせたことです。また、鳥羽伏見の戦いにおける薩摩・長州の戦いのポイントも印象に残った話に加えたいと思います。
 歴史を多面的に学ぶことの必要性やその楽しさを教えていただいた磯田道史氏の講演でした。
by y-rekitan | 2014-11-28 05:00 | Comments(0)
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