◆会報第61号より-04 陸橋

陸橋の名前

望月 充郎 (会員)

 西山和気にある足立寺史跡公園の前に陸橋が架かっています。下は男山泉の方から橋本まで延びる幹線道路が走っています。
 3月16日、歴史探訪ウオーク「平野山、西山を歩く」がありましたがその時、欄干の親柱に写真の文字を見つけました。f0300125_11195541.jpg
 橋の東詰、西詰めの二カ所につけられた銅板製の立派なプレートです。おおぜいの人の間で、二文字目は何と読むのかと、話が盛り上がっていました。
 私も、「言偏」のこの文字は何だろうと思いながら、帰ってから住宅地図で見ると「光法通橋」とありましたので、なるほど、二文字目は「さんずい」の「法」の異体字「㳒」。それにしても「さんずい」にはみえにくいなーと思っていました。
 すると、当日京都市内から参加していたTさんから、これは「跨」ではないかとメールがありました。くずし字辞典を見ても「足偏」の「跨」の文字です。確かに道路を渡るのは「跨道橋」であり、線路を渡るのは「跨線橋」です。「ひかり(光)地区」にあるから「ひかりこどうきょう」。となると「通」の文字も「道」の方がぴったりくる、すぐに市役所の「都市計画課」に電話で尋ねました。やはり「光法通橋」であるとの返事でした。
 そこで、「八幡の地名」について例会で講演(2011年7月)をしていただいた、文化財保護課の出口さんに見ていただきました。やはり文字は「跨」です。旁は「誇」「袴」の旁になっているとのことです。
 後日また、市役所勤務時代に男山団地の開発に関わった「まちかど博物館・城ノ内」の高井さんに伺いました。高井さんにも、例会で男山団地開発についての講演をしていただいています。
 高井さんに調べていただき、次のようなご返事をいただきました
  • 男山地区の町名については、「町名地番住居表示審議会」(市設置)が原案を決め市へ提言、市が議会に諮り決定しています。
  • 京阪が開発した西山地区の町名も、同様の手続きで決められました。
  • その地区の中の「陸橋」などの名称は、いったん開発者が呼称を決め市へ引継ぎ、市は内部決裁を済ませ問題がなければ、それを橋の名称にすることになっています。
  • このケース、現在の市の担当者は「光跨道橋」と言っていますが、プレートを見る限り跨道橋の「道」は「通」しか読めません。
  • 私も架っている場所、意味合いから「光跨道橋」が正解だと思います。プレートに文字を書いた人が間違い、市のチェックが不十分だったのか...。
  • 従って、市の考えと現場のプレートの文字の違いについて、市が良く経過を調べられ正しい名称を表示されるよう要請しておきました。
 地名などの固有名詞は、読む人、書く人によって、また時代によって変化し、それが受け継がれ後世に残っていくものなのでしょうか。例えば「雄徳山」「男山」、「川原」「神原」、「飼屋橋」「買屋橋」「カイヤ橋」などです。私は地名を見るとき、それを命名した(あるいはおおぜいの人が自然発生的に呼び合った)名称に、先人たちはどのような思いを込めていたのかと、ふと思いを馳せることが時々あります。
by y-rekitan | 2015-04-28 09:51 | Comments(0)
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