◆会報第62号より-03 川下り

シリーズ「川の旅日記」・・・①

川下り旅日記

野間口 秀國 (会員)


 この春、4月3日の昼過ぎに桜まつり開催中の背割提に出かけ、お花見船(Eボート)で川面からの桜を楽しみました。これはその時の短い川下り旅日記です。昨年は急な天気悪化で運行が中止されましたので今年は楽しみに待っていたのです。出航予定時刻が近づくと係の方から救命胴衣の装着が命じられ、乗客14名全員が装着を終えて順に乗船を始めました。川岸から決して大きいとは言えないゴムボートへ乗船するのは少し緊張しましたが全員が乗船を終えるといざ出航です。

 このまま流されてしまいそうな気持ちも束の間、船頭さんの巧みな櫂さばきでボートが岸を離れるとほどなく案内が始まりました。挨拶に続いてこの八幡の地で合流する木津・宇治(淀)・桂の3本の川の概要を話していただきました。実際に下る川は宇治川でしたが、当日は水量も豊富で中央部の流れは思ったよりも力強くて早く、岸の近くでは複雑な流れが生み出す大小複数の渦が見られました。流れの様子は川底の状態を反映することも教えていただきました。

 およそ5分ほど下る頃に右手前方に見える導流堤(どうりゅうてい)について説明がありました。導流堤とは(この地点の場合は桂川と宇治川の間にある)堤の一定区間の高さが周りより少し低く造られている堤防の部分のことです。導流堤はその最上部が水で流されないよう石などで覆われていますので注意して観ると分かります。f0300125_20143266.jpg桂川と宇治川の合流地点で流れの方向や速度を一定に保つために設けられた堤で、いずれか一方の水位が導流堤を超すと超えた分は低い方に流れるように工夫されているのです。導流堤というあまりなじみのない言葉でしたが船頭さんの説明に皆さん頷きながら耳を傾けていました。また、最近では昨年の台風11号時に桂川から宇治川へ越流していることを教えていただきました(*1)

 船頭さんの話は川から導流堤へと続きましたが、最大の目的は進行方向の左手に続く川面からの桜見物です。背割提の桜の楽しみ方は、ピンクのトンネルを歩く、河川敷の芝から見上げる、御幸橋から全景を眺めるなど、人それぞれでしょう。しかし、やわらかい春の風を受けてボートから眺める堤に咲く満開の桜と、それらが水面に映る光景はとても趣のある鑑賞法ではないでしょうか。f0300125_20165987.jpg
 船頭さんはボートを安全に進めながら、引き続き背割堤の歴史を語られました。背割提は明治以降の木津川付け替え工事で生まれたものであり、木津川と宇治川(淀川)を別ける細長い堤防のことです。昭和の50年代初めまでは松並木であり、時代劇の撮影にも使われたことを話されました。その松並木も害虫被害でほとんどが枯れて昭和53年3月に当時の建設省(現在の国土交通省)によって250本のソメイヨシノや52本のハナミズキが植えられ、今日では近畿圏でも有名は桜の名所の1つに数えられるようになりました。背割提公園の正式な名称は「国営公園 淀川河川公園背割堤地区」であり国営の公園として平成元年4月に開園されました。桜の他にも河川敷にはヨシをはじめ多くの草木や野鳥や昆虫が見られる自然の宝庫であるとともに、運動やレクリエーションなど、憩いの場として多くの人々に愛されています。

 船頭さんのお話はまだまだ続きそうでしたが、ボートはそろそろ背割提の先端にある三川合流点観測所局舎を見上げる川岸に設けられた船着き場に到着です。もう少し、いや、このまま枚方宿あたりまでと思いつつも、船頭さんは、これまた桟橋も無い川岸へと巧みにボートを寄せて全員を安全に降ろしてくださいました。わずか20分の短い川下りでしたが、川や堤のこと、公園の歴史などを学び、少しだけスリルを味わい、川面からの桜を満喫できた貴重なひと時でした。なお、桜まつり開催期間中(運航日数は7日)に約500名の乗船客を数えたとのことでした(*2)。来年も運行されたら皆様是非一度試されたらいかがでしょうか。         (2015.5.9)

【参考資料】
  1. 船頭さんのお話、及び八幡市観光協会発行の平成24年と25年の「八幡桜まつり」案内チラシより。
  2. 導流堤の越流情報(*1)は近畿地方整備局淀川河川事務所および八幡市役所都市管理部道路河川課のご協力を、期間中の乗船客数(*2)は八幡市観光協会のご協力をいただきました。 紙面をお借りしてご協力にありがたく感謝申し上げます。

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by y-rekitan | 2015-05-28 10:00 | Comments(0)
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