◆会報第63号より-05 「歴史たんけん八幡」

シリーズ:『歴史たんけん八幡』の発行に向けて・・・②

本紹介の「特別連続講座」を開設 (第1回)

 「歴史たんけん八幡」 制作委員会 


 『歴史たんけん八幡』は、すべての原稿と図版を整え、印刷所に入稿を済ませました。全99ページに達するものです。そこで、制作委員会は、この出版の意義と内容を広く市民内外の方にご理解いただきたく「特別連続講座」を開催することにしました。

第一回講座は6月10日(水)に八幡市市民協働活動センターを会場に行われました。f0300125_20241527.png
 最初に、同制作委員長の伊佐錠治氏より、出版の意義が語られました。その中で、次代を担う子ども達に八幡の歴史と文化を伝えることに大切さが強調されました。
 次に、「天下人と八幡」と題して田村敬次さんが、「鳥羽伏見の戦いと八幡・橋本」と題して田坂喜彦さんが、スクリーンに映される画像を紹介しながらお話しました。
 当日用意されたレジュメをもとに、概要をお知らせします。

第1回特別連続講座

テーマ1 - 「天下人と八幡」 -
 講師 : 田村敬次 (会員)
 
 織田信長と八幡・・・尾張を統一、天下布武、楽市楽座など。石清水八幡宮の
            黄金の樋、築地塀
 洞ヶ峠に来た明智光秀・・・本能寺の変、山崎の合戦、八幡の洞ヶ峠で筒井
            順慶の援軍を待つ。
 豊臣秀吉と八幡・・・貧農の子どもから関白太政大臣に。戦国乱世を統一し
            天下人になる。橋本の常徳寺が「湯沢山茶久蓮寺」と
            呼ばれた理由。神応寺との関わり。
 徳川家康と八幡・・・石清水八幡宮の社務を輪番制に。神人の知行を認める。
            家康からの朱印状が八幡に360通も残された。
            八幡を検知免除と「守護不入」に。
 お亀の方と正法寺・・・志水宗清の娘が家康の側室に。相応院(お亀)が
            正法寺 の伽藍を整備
 安居のまつり・・・放生会や臨時祭は朝廷や公家のまつり。安居会は将軍家の
            命による武家のまつり。
           八幡市の地名に残る安居のまつり(安居塚、檀所、塩釜)

テーマ2 - 「鳥羽・伏見の戦いと八幡・橋本」 -
 講師 : 田坂喜彦 (会員)

1、「鳥羽伏見の戦いと八幡・橋本」で伝えたかったこと」
淀や八幡・橋本でも激しい戦い。幕藩体制を崩壊させた戦い。旧幕府軍の敗戦決定づけた八幡・橋本の戦い。
2、戦いの背景
黒船来航、開国と通商による急激な物価上昇と経済の混乱。尊王・攘夷運動の高まり。薩英戦争や下関戦争。世直し一揆の勃発。大政奉還と王政復古。旧幕府側の強い不満。
3、八幡・橋本での戦いと人々の被害
橋本・山崎の整備。橋本陣屋と楠葉台場の設置。最後の戦場となった八幡・橋本。八幡全域で1280軒中焼失した家屋が612軒におよび、頓宮・極楽寺・高良社など八幡宮山下の中心部が被害。高浜の船番所からの砲撃などで、橋本では120軒のうち82軒が焼かれた。

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by y-rekitan | 2015-06-28 08:00 | Comments(0)
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