◆会報第71号より-05 流れ橋

上津屋橋(流れ橋)の復旧に向けて

高田 昌史 (会員)


はじめに

 通称「流れ橋」の名で広く親しまれている上津屋橋は、1953年(昭和28)3月に、それまでの渡し船に変わり木橋の府道として完成しました。
 流れ橋は完成以来、通称通り約60年間に何回も流出しましたが、2014年(平成26)8月、4年連続で通算21回目の流出の直後から、毎回の復旧費用が嵩むことを理由に存廃の可否の論議が開始されました。同年9月に、京都府による『上津屋橋(流れ橋)あり方検討委員会』が設置され検討された結果、流出から1年2ヶ月経過した昨年11月にようやく復旧工事が着工され、この3月末に完成する予定です。
 今回は、今までの流れ橋と異なり、流れにくい「新流れ橋」として大きく構造が変わるということですので、これまでの経緯と現時点での流れ橋の復旧状況をまとめることにしました。

1.完成当時の上津屋橋(流れ橋)

 橋が完成した1953年は終戦間もない時期であり、安価でしかも洪水による被害が少なく自然に逆らわない橋としての「流れ橋」の構造を採用したと推察できます。f0300125_2149211.jpg
 流れ橋とは、川幅の狭い所に木板を渡し、最初から流れることを前提にしつつも、その木板が流失しないようにロープ等で結んでおく造りですが、上津屋橋は全長365.5m(幅3m)もあり、日本一長い流れ橋として完成したのです。
 この流れ橋の周辺には茶畑が広がり、河原と清流の風景とがマッチした、自然と共存した橋として長い間親しまれ、時代劇全盛時には年に10回以上も撮影に使われていたとのことです。 
 今では、八幡の重要な観光スポットとなり、観光客来場者数は年間13~14万人で、八幡市内では石清水八幡宮、背割り堤についで第3位を占めています。

2.最近の流れ橋と流出状況

 次の左の写真は、2014年5月(21回目の流出前)に写したもので、右の写真は同年8月の台風による大雨での流出直後に写したものです(ともに八幡市側から撮影)。
 上流からの漂流物が多く橋の傷みは甚大で、流出防止に固定していた一部のワイヤーロープが切れ、橋板はかなり下流の京阪電車の陸橋に大きな漂流物として留まっていました。
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 また、橋の部材の損傷もかなりひどい状況で、毎年の復旧工事にはかなりの費用がかかることから橋の存廃論議になったのです。
 1年以上にわたる検討委員会での審議の結果、復旧は決定しましたが、流れ橋の構造が大きく変わります(3項参照)。従って、左の写真は60数年間の流れ橋の原型の最後の姿になります。
 今までの流れ橋の【流出の記録】を確認すると、完成してから30年間の流出回数は8回のみですが、最近は異常気象の影響で毎年のように流出しています。そのことから、橋の存続には今回の構造変更が必要条件であることは理解できます。

【流出記録】―“やわた流れ橋交流プラザ四季彩館”パンフレットによる 
   1回―1953年(昭和28) 8月15日:豪雨
   2回―1959年(昭和34) 5月15日:伊勢湾台風
   3回―1961年(昭和36) 6月24日:梅雨の豪雨
   4回―1972年(昭和47) 7月10日~17日:豪雨
   5回―1974年(昭和49) 7月10日:豪雨
   6回―1976年(昭和51) 9月 8日~13日:台風17号
   7回―1982年(昭和57) 8月 1日~3日:台風15号
   8回―1985年(昭和60) 6月21日~7月7日:豪雨及び台風
   9回―1986年(昭和61) 7月20日~22日:豪雨及び台風
  10回―1990年(平成 2) 7月19日~20日:台風19号
  11回―1992年(平成 4) 8月19日:台風11号
  12回―1993年(平成 5) 7月 5日:豪雨
  13回―1994年(平成 6) 9月30日:台風26号
  14回―1995年(平成 7) 5月12日:豪雨
  15回―1997年(平成 9) 7月26日:台風9号
  16回―2004年(平成16) 8月 5日:台風11号
  17回―2009年(平成21)10月 8日:台風18号
  18回―2011年(平成23) 9月 3日:台風12号
  19回―2012年(平成24)10月 1日:台風17号
  20回―2013年(平成25) 9月16日:台風18号
  21回―2014年(平成26) 8月 9日:台風11号  

3.流れ橋復旧についての検討

 今回の流れ橋の復旧に関して、流出直後から『上津屋橋(流れ橋)あり方検討委員会』が設置され、6回開催されたとのことです。委員会の審議の状況は、京都府のホームページで公開していますので、流れ橋のこと及び今回の復旧決定に至る詳細を確認することができます。(※1)
 その報告書から、以下の内容が確認されました。
地元から流れ橋の復旧についての要望書と4,933名分の署名が提出され、その後、新たに7,894名分の署名が提出されている。
住民からの意見募集には、総数98通の提出があり、その内の80通(82 %)が「復旧すべき」、10通(10%)が「撤去すべき」、8通(8%)が「どちらとも言えない」という結果であった。なお、八幡の歴史を探究する会の恩村政雄さんが「存続すべきである」との意見具申をされています。(※2)

 議事録の中には、技術的な検討と共に、「安全性」・「景観性」・「流れにくさ」の評価に「経済性」も加えるべきとあります。特に、各案を茶畑との景観で比較検討されている絵図が目を引きました。この「流れ橋周辺に広がる浜茶の景観」が2015年1月に京都府景観資産に登録されたこと(※3)は、流れ橋復旧の大きな後押しになったともいえます。
 以上、各面からの要望もふまえ、昨年11月9日から復旧工事が着工されたのです。
 また、流れ橋の復旧工事の状況を多くの人に知ってもらい、この橋をより身近に感じてもらいたいという狙いから「上津屋橋(流れ橋)工事通信」が毎月発行されていて、工事の進捗状況は現場に出向かなくても京都府のホームページで確認できます。

 
4.新しい上津屋橋(流れ橋)の構造について

 f0300125_1744616.jpg流れ橋は1953年(昭和28)に完成以来、1972年(昭和47)に橋脚73基のうち17基がコンクリートパイルに変更されましたが、他はすべて木製でした。最近、復旧工事現場に「洪水に強い橋にしています」との看板が設置され、復旧前と復旧後の構造比較図があります。

主な構造変更箇所
橋脚をすべてコンクリート製で、直径300㎜、長さ12mとする。(以前は直径220㎜の杭木、長さ8m)
橋脚は40(以前は73)――橋脚間の長さを拡大して、洪水時に流木等のゴミが引っ掛かりにくくする。
橋面を75cmかさ上げする。
木部は北山杉を使用し、コンクリートは目立たないように彩色を落として外観を重視する。

 以上が現場に設置された看板から判る変更個所です。高さが75cmも高くなったことは気になりますが、流れにくい「流れ橋」にするためには仕方がない決定と思います。その他にも、これまでの景観を維持することに工夫されている事がうかがえます。

これからの「流れ橋」について

 今は、「流れ橋」60年の歴史が変わり、新「流れ橋」が誕生する3月末が待ち遠しい思いです。f0300125_171059100.jpg反面、今までの流れ橋の良さや周囲の景観とのバランスが維持されているかが心配です。特に75cmのかさ上げの影響については、完成時に出向いてしっかりと確認したいと思います。
 なお、最近の記録では流出すると被害状況を調査してから復旧まで平均7ヶ月要していますので、毎年流出すると渡れる期間は5ヶ月間しかなく、渡れない期間の方が長いのが現状でした。しかも毎回3000~5000万円の修復費用がかかりました。これからは「流れ橋」の名称は残るものの、今までのように流れすぎない「流れ橋」に生まれ変わることを期待しています。

参考資料・情報
(※1)京都府ホームページ(建設交通部 道路建設課) 「上津屋橋(流れ橋)あり方検討委員会」参照
(※2)流れ橋存廃の意見表明(八幡の歴史を探究する会 会報第56号―恩村政雄)
(※3)京都府景観資産(登録番号21):「高品質てん茶の産地・八幡市~流れ橋周辺に広がる浜茶の景観~」―平成27年1月22日登録。

by y-rekitan | 2016-02-28 08:00 | Comments(0)
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