◆会報第74号より-03 八幡の古代植物①

シリーズ「八幡の古代植物」・・・①
八幡に見る古代植物 (第1回)

古代植物研究会代表 大谷雅彦 (会員) 


 植物は4億7千万年前から、この地球上に存在し、世界には現在25万種~30万種の顕花植物が生育しているといわれています。
 日本で古来より生き続けてきた植物は、①薬草として、②神社仏閣でご神木として守られて、③繁殖力が特に強い植物として、④特に珍しい植物として(独自の生態を確保して)生存できたといえます。薬草として人間に保護されてきた、あるいは、神社の境内では樹木などが伐採されないという理由から生態系が守られてきたというのがその理由の一つではないかと思うのです。
 歴史とは、人間を中心として、その時代や社会構造との関連性の中で成り立つドラマ(物語)だといえます。この歴史物語の中に、少なからず植物が登場することがあります。私は、この脇役にある植物が、どのように伝承されてきたのか、そんなことを探し求めている者です。
 植物学では、学術的・学問的に植物そのものの生態が語られることはあっても、伝承や物語のなかの植物が扱われることはあまりありません。私の調べでは、数多くの伝承物語のある植物や大変珍しい植物が見つかっています。
 今回から3回にわたり、八幡の歴史に関係ある植物を紹介します。第1回は、男山に古来より自生しているヤマアイについて、第2回は天台烏薬(てんだいうやく)(薬草)について、第3回はナギの木について。

第一回 ヤマアイについて

 八幡市教育委員会発行『男山で学ぶ人と森の歴史』のなかで、ヤマアイは次のように紹介されています。
 ヤマアイは薄暗い湿った林床に群生するトウダイグサ科の雌雄異株の多年生草木。4月ごろ葉の脇から細長い花序を出し、穂状に花をつける。藍染料をとるふつうの「アイ(タデアイ)」はタデ科の植物で近世以降に普及した。
 ヤマアイは、大嘗祭・新嘗祭などの神事に着用する小忌衣(おみごろも)の染料として利用された。小忌衣は青摺袍(あおずりのほう)ともいい、清浄な物忌みの斎服のひとつで、白地に草・木・蝶・鳥の文様を型にあててヤマアイで摺り染めした。発酵させる藍染とは違って、褪色しやすい。
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 つぎに、昭和49年10月7日発行『京滋植物風土記』(京都新聞社編)からの抜粋と他の資料によって男山山中のヤマアイについて記してみます。

男山山中に自生しているヤマアイ

ヤマアイ(山藍)はトウダイグサ科のヤマアイ属の植物である。
昔は、布を染める藍色はヤマアイから採っていた。万葉集巻九に「しな照る片足羽河の さ丹塗りの大橋の上ゆ 紅の赤裳裾引き 山藍もち 摺れる衣着て ただ独り い渡す児は……」の歌がある。これは、朱塗り橋の上を藍染めした衣を着て、赤裳裾を引いた娘が渡ってゆく、という歌であるが、この時すでに山藍染めがあったことを示している。
ヤマアイとは
ア、日本最古の青色染料に使われた植物
イ、日本に古来より自生していた種
ウ、日本古来の藍を山藍(ヤマアイ)という
※ 宮中用語では、山靛(ヤマアイ)の字が用いられる。
平安中期、ヤマアイよりはるかに藍分が多いタデ科のタデアイが伝来し、やがてこれが主流となり現在に至る。
 以上のことから、日本古来ではトウダイグサ科のヤマアイを使用していたが、平安中期からはタデ科のタデアイを使うようになったということです。ただし、両者はまったく別種のものです。
宮中で行われる大嘗祭(だいじょうさい)で文部百官が身につける青摺りの小忌(おみ)衣(ごろも)はヤマアイ染めのものと決まっている。現在でも天皇即位の御大典の小忌衣はヤマアイで染めたものを使うことになっている。
宮中で使用するヤマアイは、古来より京都府綴喜郡八幡町の男山八幡宮(現在の八幡市、石清水八幡宮)の山地に自生するヤマアイを使うしきたりになっている。

大嘗祭と男山のヤマアイ 

 6月11日、石清水八幡宮に西中道氏を訪ね、詳しいお話をお伺いした上で、大嘗祭での山靛(ヤマアイ)に関する石清水八幡宮の対応を示す資料(コピー)を頂戴することができました。その資料をもとに、昭和3年と平成2年のそれぞれの大嘗祭の様子を、山靛中心に紹介します。

昭和3年(1928)の御大礼 当宮の主な動き
(上記資料からの抜粋)

1月21日、京都府知事より御大礼の際、大嘗祭御用山靛調達に関して通知あり。
10月15日、大嘗祭御用山靛納入の奉告祭を執行。採取せる六貫五百匁の山靛は京都府庁にて点検を受けた後、大宮御所内に納入
11月14日、御前9時より大嘗祭当日祭を執行。
11月17日、大嘗夜宴の儀行せらるるにつき田中宮司御召の栄を蒙り参列す。
12月8日、宮中御宴会に田中宮司御召に依り上京参列す。

〈解説〉
 天皇陛下が、御即位の後初めて穫れた新穀を天照大神をはじめ天神地祇にお供えし、自らもお召し上がりになって、天皇としての霊統を正しく継承あそばされる儀式。それが御一代一度の大嘗祭である。大嘗祭の際、陛下のお側近くでご奉仕される方々が束帯や十二単等の上につけるのが、小忌衣という神事用の上着である。小忌衣は、白い麻の生地に植物や鳥の模様を薄緑色に摺った素朴で清楚なもので、この薄緑色は、古来、石清水八幡宮の境内、男山で採取された山靛の葉の汁を用いて着色するのが慣例とされている。大正、昭和両天皇の大嘗祭においても当宮境内に自生している山靛、六貫五百匁(約20.4キログラム)が京都御所に上納された。

平成2年(1990)の御大礼の当宮の主な動き

4月6日、大嘗祭に用いられる小忌衣(おみごろも)を今回調製することになった業者の代表が来宮。小忌衣青摺模様の染種として用いる山靛の葉を、先例に倣って当宮境内より採取する件につき打ち合わせを行う。
6月11日、午前10時より山靛献納奉告祭並苅初め式を執行。午後、境内二ヶ所より採取した山靛約30キログラムを小忌衣調整業者に引き渡す。
10月1日、午前11時より大嘗祭青竹献納奉告祭を執行。廻り一尺ほどの青竹14本を宮内庁掌典職宛送付する。
11月12日、午前9時より即位礼当日祭を斎行。
11月23日午前11時より大嘗祭当日祭を斎行。

 以上にてヤマアイの項は終わります。
(次回以降つづく)  空白


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by y-rekitan | 2016-07-28 10:00 | Comments(0)
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