◆会報第45号より-06 大谷川散策⑧

シリーズ「大谷川散策余話」・・・⑧
第8章 橋の誕生日のことなど

 野間口 秀国 (会員) 


 この章が掲載される会報を皆様のお手許にお届けできるのは、年の瀬か年明けになるかも知れません。私は小さい頃、祖母に「お正月を迎えると一つ年をとる」と言われて育った世代の人間です。師走に入ったこの時期、この章が新しい年への架け橋になってくれたら、そう思って書き進めております。

 古い橋に出会うと「この橋はいつ頃架けられたのかな・・・」と思う時がありますが、京都府内の橋には、河川名、竣工年月、漢字橋名、ひらがな橋名を表示した橋歴板を取りつけることが義務付けられています。橋1本に合計4枚でその多くは金属製ですが、これによって橋の架けられた年月、即ち年齢が分かります。とは言え、それは大谷川に架かる全ての橋に取り付けられて無いことも散歩しながら分ってきました。上記の4項目は橋の親柱(橋の左右両欄干の手前・奥の4か所の柱)に記載されており、規則には「竣工年月」とありますので日付は記載されておりません。本章表題の「橋の誕生日・・・・」は、正しくは「誕生月」とご理解願います。
 橋の竣工年月には西暦と和暦いずれの表示も有りますが、大谷川に架かる橋は和暦年表示が多いことも分かりました。西暦年表示は第二京阪道路に並走する国道1号線が大谷川を渡る箇所の橋に見られ、「2003年2月」のように5本の橋全てがアラビア数字で表示されています。これらは全て平成15年建造の橋で、後に述べるような「竣工」、「架設」等の表示はありません。このように西暦年表示が高速道路に関係する橋だけに適用される規則なのか、時代の要請に依るのかは分かりませんが皆様は西暦、和暦のどちらに親しみをお持ちでしょうか。f0300125_15173427.jpg  
 一方、和暦年表示は大谷川に架かる45本(第2章参照)の橋の20本で確認できました。和歴表示も、昭和48年9月(栄橋)、平成7年5月(八幡橋)などのアラビア数字使用と、昭和四十二年三月(弥生橋)、平成六年三月(山路橋)などの漢数字使用が混在します。また竣工年月の表現にも年月に続いて「竣工」、「完成」、「架設」そして「完工」の4種類あることも「とてもおもしろいな」と思いましたが、いづれの表示もなされてない橋もあり建造された会社や設計者の個性の表れとも解釈できるようです。
 西暦、和暦いづれであれ橋歴板からは橋がいつ建造されたかが分かります。最も新しく架設された橋は、既に撤去された(旧)内戸美橋の下流側に隣接して架けられた(新)内戸美橋(*1)で、最も古い橋は橋歴板で確認できる範囲では、昭和7年3月に架けられた小金井橋です。昭和40年代に架設された橋も多く、還暦近い橋が増えているようです。年代別本数(西暦は和暦に置き換えて)では昭和40年代が7本、50年代が1本、60~64年には2本、平成に入ってからは合計15本でした。このように昭和40年代に多くて50年60年代に減少し、平成で再び増えた事も分かります。
 無論これら年月は現存する橋の誕生年月であり、いくつかにはそれぞれ先代の橋があったと考えられます。古くからの橋の一つと思われる安居橋の架設年月は親柱の表示からは分かりませんが、現在の橋の前には各時代毎の安居橋があったのは紛れもない事実ではないかと思います。放生会が初めて行われてから1150年目(2013年)の夏、近年ではおよそ20年ごとに行われる改修(*2)を終えて装い新たになりました。安居橋は八幡を代表する橋としてこれからも引き続き大役を果たしてくれることでしょう。f0300125_15263153.jpg
 他にも橋歴板を注意深く観察すると、縦書き・横書き、取り付け方向(前向き・内向き・上向き)などにも違いが見られ、材料にも、石、コンクリート、金属等の、加工方法にも彫刻や鋳造、などなど変化に富んでいます。金属には鉄や銅などがあり、石にも質の違いが見られます。これらの価値の違いを知ってかどうか、橋歴板が、おそらく意図的に取り外されたのだろうと思われる橋が見られた事には心が痛む思いでした。このように橋歴板一つを見ても、統一されておらず、言い方を変えると変化に富んでおり、そこに時代や歴史の一端を垣間見ることが出来ます。必要以上の規則が無いことで橋に個性が生まれ、結果、橋を眺め、橋を渡る私達に新しい橋の個性を表現する要素は欄干を飾るレリーフ(浮き彫り)や親柱のデザインにも現れています。これを語るには田園区に架かる昭乗橋を第一に挙げたいと思います。名の通り、欄干部には松花堂昭乗の肖像や松花堂弁当をかたどったと思われるレリーフが飾られています。加えて、親柱には松花堂の庵や破風瓦(福・禄・壽の三文字)も描かれていますし石の質にも高級感が感じられます。楽しみを与えてくれるものと思います。
 橋の個性を表現する要素は欄干を飾るレリーフ(浮き彫り)や親柱のデザインにも現れています。これを語るには田園区に架かる昭乗橋を第一に挙げたいと思います。名の通り、欄干部には松花堂昭乗の肖像や松花堂弁当をかたどったと思われるレリーフが飾られています。加えて、親柱には松花堂の庵や破風瓦(福・禄・壽の三文字)も描かれていますし石の質にも高級感が感じられます。
 また、放生区の山路橋には菖蒲の花(アヤメかも・・・)のレリーフが飾られております。大きさが縦1.2m程、横1.0m程の鋳造品のそれは左右の欄干にそれぞれ2枚、内向きに取り付けられており、近くにある八幡菖蒲池の地名にちなんで飾られていると思われ設計者の心配りが感じられます。小雨降る日などに山路橋を渡る時、「雨もまた楽し」の気分になれるのではないでしょうか。f0300125_15333360.jpg
 大谷川の流れが男山の麓でその名を放生川に変えると、ほどなく安居橋が架かっています。この橋は左右の欄干にそれぞれ6個の擬宝珠を冠し、中央部がやや高く造られて反り橋の雰囲気を醸し、下流部中央には踊り場(小舞台)が設けられており、大谷川を跨ぐ多くの橋の中でも最も美的要素を備えていると言っても過言ではないと思います。
 安居橋の下流側隣りに平成四年二月に架けられた全昌寺橋には、左右の欄干中央部に半円形のテラス部分が設けられています。そこにはそれぞれに4個の灯りを抱いた2本の街路灯がありとてもおしゃれな感じを生み出しています。十分な予算のせいか、設計者のセンスのせいか、いづれにしても上流側隣の安居橋が「和」なら、この全昌寺橋は「洋」の雰囲気の橋と言えるでしょう。さらに少し下流側、京阪電車の八幡市駅東側の踏切近傍に架かる鹿野橋は親柱が大きく頑丈な石造りの灯籠風常夜灯であり、これも独特のデザインと言えると思います。f0300125_1542464.jpg
 他にも挙げればきりがありませんが、それぞれの橋はその本来の機能美に加え、芸術的な美の要素が加わることで渡って楽しい見て楽しい橋となっているようです。月々の会報表紙を飾っていただいております小山嘉巳氏の画集、『京都八幡百景・第1集』には柔らかいタッチとさわやかな色使いで描かれた多くの橋が納められております。大谷川の散策の途中でしばし足を休め、一杯のお茶を飲みながら画集を開く時、八幡の自然や歴史や人々の営みさえも感じられて散策の楽しさも倍になる気分です。

 最後になりましたが、この章を書くにあたり、橋歴板(そのように呼ぶことも含めて)や橋に関する私の素朴な疑問に対して、京都府山城広域振興局、及び八幡市都市管理部道路河川課の皆様に親切に教えていただきました。内容の一部を記すと共に、紙面を借りて感謝申し上げます。
 == 以下、抜粋 == 
 1) 専門的には橋歴板と呼ばれ、橋をつくる技術基準で取り付ける
   ことが義務づけられており、(中略)将来の維持管理に必要な事
   項を記載すること。
 2) 京都府の橋梁は、河川名、竣工年月、漢字橋名、ひらがな橋名
   を記載することとしていますが、親柱やプレートに合わせた書式
   (縦横含め)の規定は無い。
 == 抜粋終わり ==

 この章では川や架かる橋の歴史的な事象には殆ど触れることが出来ておりませんこと、なにとぞご容赦願います。しかし、橋に語りかけると、橋は自らの生い立ちを語り、その個性ある顔を見せてくれるような気がするのです。 次号では「放生区・不思議な川の流れ」について書きます。

 (*1) '13.12.08現在工事中で、新しい橋名の表示はございません。 
 (*2) 京阪電車 K PRESS '13年12月号 若一光司氏の「京阪沿線の
     名橋を渡る」より。
 


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by y-rekitan | 2013-12-28 07:00 | Comments(0)
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