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◆会報第29号より-03 相槌神社

シリーズ「八幡に残る昔話と伝承」・・・④
相槌(あいづち)神社と二振りの刀

丹波 紀美子 (会員) 


 小さな社にその起源を伝える話が残っており、それを紹介してみる。この社は以前には相槌稲荷社といっていたようだが、今は鳥居に「三條小鍛冶相槌神社」と額字が掛かっている。石清水八幡宮に上る下馬碑の近くに鎮座していて、赤色で塗られた玉垣で囲われ、正面には二段の石段があり、社の前には白狐が2匹向かい合って座っている。隣には八幡五水の一つ山ノ井戸がる。
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 平谷の信者たちがお金を集めて自分に修理を頼んだ社で、相槌稲荷と言う。これを祀ったのは、世間の人はあの有名な三條小鍛冶宗近だと言っているが、尚次は違うと考えている。筑紫国三笠郡土山の鍛冶職人だと思う。

            
- 三條小鍛冶宗近 -
平安中期の刀工。住居は三条通り粟田口の相槌稲荷付近にあったと言われている。宗近は朝廷から名剣を打つよう命ぜられ、稲荷明神に祈願したところ、その使者である狐が相槌を勤めて名刀「小狐丸」を完成させたという伝承がある。他有名な刀は「三日月宗近」祇園祭りの長刀鉾のあの「大長刀」など。
 
平安時代の中頃、多田(源)満仲公が筑紫国三笠郡土山に住んでいる鍛冶職人の男を呼び寄せて「武将にも朝廷にも代々受け継ぐことのできるような、丁度三種の神器に匹敵するくらいの立派な刀を打ってほしい」と要望して作らせたところ、出来上がった刀は満仲の心に叶うような刀ではなかった。刀鍛冶はそれを無念に思い「必ずや後世に残る刀を打ってやろう。それには昔から神仏に祈願すればかなえられる」と思い、石清水八幡宮に参籠して一心に祈っていた。
 やがて「汝の申すこと、よく分かった。良い鉄を使って作るがよい。最上の剣を二つ与える」との託宣を頂いた。その刀工は良質の鉄を持って来て山ノ井の水を焼刃の水に使って昼夜を問わず懸命に刀を打っていると、何処からともなく相槌をしてくれる音がして、ふと我に返ると向かいに神様がいて一緒になって刀を打っていた。その刀鍛冶は霊験の厳かさに、神様をこの場所に祀り相槌稲荷社とした。
 出来た二振りの刀は、早速、多田満仲公に献上した。満仲は余りもの素晴らしさに、刀の切れ味を罪人を使って試したところ、罪人の髭まで切れてしまった。また、もう一方の刀も罪人の膝までも切れてしまい、その刀を髭切(ひげきり)、膝丸(ひさまる)と命名した。
 満仲の息子の源頼光の時、その二振りの刀の一振りは源頼光の配下の渡辺綱が持ち、一条戻り橋で突然何者かに兜をつかまれた渡辺綱が切りかかると、兜をつかんだままの鬼の腕だけ落ちていた。更にもう一振りは源頼光が持ち、瘧(おこり、マラリヤ)で苦しんでいた時、怪しい法師が現れ切ったところ、それが土蜘蛛だと分かった。この様な奇怪な出来事が起こり、名前を鬼斬(おにきり)、蛛斬(くもきり)と改名した。後にまた仔細あって、小緑(こみどり)、友斬(ともきり)と名前を変えたという。
 後世、この二振りの刀は北條氏に渡り、一振りを足利尊氏に、もう一振りを新田義貞へ伝わり、その後新田氏から徳川氏に伝来したという。
 この刀鍛冶は名前を伯耆国會見郡(ほうきのくにあいみのこおり)大原五郎太夫安綱という。   ―藤原(長濱)尚次著『男山考古録』相槌稲荷社より(再話)―

 『男山考古録』では、多田満仲が呼び寄せたのは筑紫国〈福岡県〉三笠郡の住人で刀鍛冶職人であったが、結局その人物は伯耆国會見郡(ほうきのくにあいみのこおり)の大原安綱だと言っています。伯耆国會見郡とは、今の鳥取県西伯郡伯耆町(さいはくぐんほうきちょう)である。
 伯耆町のホームページでは、安綱は『太平記』に「伯耆国會見郡に大原五郎太夫安綱と云う鍛冶……」と記されており、「その代表作には大江山で酒呑童子を切ったという源氏代々の宝剣「鬼切」〈国宝〉があります」と書かれている。(中国山地は良質の砂鉄が採れることで有名)
 また、福岡県三笠郡土山のホームページでは、次の様な伝説が記載されている。『源平盛衰記』には「筑紫国三笠郡土山という所に異朝より鉄の細工人が来て数年経った頃、源満仲に呼ばれて刀を打ったが満仲の気にいった太刀は一振りも出来なかった。そこでこの男は石清水八幡宮に参籠した。神託を受け出来上がった刀が『髭切』『膝丸』であった…」
 藤原尚次は『源平盛衰記』にも『太平記』にも精通し、『男山考古録』では二人の人間を一人の人物としてまとめて書き記したものか…? 二つの書物に矛盾があり、そのまま書物通りに書いたのか・・・?

 どちらにしても、源氏の宝刀で有名な髭切、膝丸(またの名を鬼切、蜘切)の伝説は、石清水八幡宮のご神託により鍛冶職人および彼の相槌をしてくれた、この相槌神社の神から生まれたのでした。


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by y-rekitan | 2012-08-28 10:00
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