髙井 輝雄 (会員) 先ずは、今回『歴史たんけん八幡』の執筆、編集に関わらせていただいたことを大変光栄に思っています。 私は『歴史たんけん八幡』(以下「たんけん本」と呼ぶ)の13章「京阪電車の開通」「男山ケーブルの開業」、14章「戦時下の集団疎開」の取材、そして15章の「昭和の風水害」「忘れられない室戸台風」や1954(昭和29)年の「1つの町と2つの村の合併」、以降の疲弊した苦難の時代と、そして昭和30年代半ばからの高度経済成長期の特に、人口25,000人の町が32,000人を誘致した「男山団地の誕生」等といった、かつてない一大変革期の出来事や「今後のまちづくりの展望」について、執筆を担当しました。 執筆にあたり、京阪電車の開通、室戸台風の惨事の記事では、実際に遭遇された90歳を超えるお二方を取材し、当時の状況を生で聴くことができ、内容に真実味を高めることができました。これには読者やマスコミの記者さん、そして、この「たんけん本」の監修者・鍛代敏雄先生からも歴史探究のために関係者から直接話を聴くこと・「オーラルヒストリー」が大事であり、臨場感が良く伝わって来て読む人に感動を与えると評価をいただいたところです。 発刊後3カ月が経過し、この「たんけん本」の普及・活用の状況について、気になるので聞いてみました。 先ず八幡の歴史を探究する会の事務局は、この「たんけん本」、「大変な人気で好調に販売されていて、販売用の在庫が底をついた」とのことです。私も、ふるさとを八幡にもつ横浜や鎌倉の人、観音寺市・東近江市の人、発行を知った府下一円の人たちから多くの注文を受けました。 次いで、市内での状況について、市民図書館に利用状況を聞いてみました。市内2館の図書館では「寄贈された複数冊の蔵書はずっと貸し出しが続いていて、次を待たれるリクエスト状態であります。」とのことです。人気上々で市民の愛読書になっていて嬉しい限りです。 また、特に活用を期待している各小・中学校の状況についても、教育委員会に聞いてみました。「先生や各校に配置されている司書の先生方が関心をもって読まれていて、大変好評です」、「各学校では、図書室や児童・生徒の目につき易い場所に配置するなど、利用しやすいようにしています」と、読みやすい状況をつくる工夫をしていただいているとのことでした。 年度半ばの去る9月に発刊したばかりであり、その成果を急ぐわけではありません。まず、市民の皆さんを始め教育現場の関係者の皆さんが、「たんけん本」を手に取りじっくり熟読いただき、大いにご活用いただくことを心から願うところです。 将来の八幡を担う子供たちが「たんけん本」に学ぶことを通して、自分のふるさとの魅力を良く知り関心を深め、ふるさと八幡の歴史・文化を後世に継承すると共に、誇りをもってまちづくりに参加してくれることを期待したいと思います。 さて、『たんけん本』の編集に参画することが決まったとき、八幡町役場に勤務していた40年前に当時八幡小学校に在籍の浜根先生から要請を受けて『わたしたちの八幡町(市)』創刊の編集に対し全面的に協力したことを想い起しました。 各校11人の先生方が自主的に編さん委員会を組織され、約2年間かかり1974(昭和49)年に創刊され、その年の5月から学校現場で教材(副読本・B5版81頁)として、小学3、4年生の授業で使われました。 子供たちには、自分の住んでいるまちのことが書いてあり、親しみ易く興味をもって勉強できると好評でした。また、他市町から八幡へ勤務される先生が増える中、八幡の姿を良く知ることができ課題も見つけやすい教材となりました。 また、当時その一環として、人口急増で町への転入者も多かったので、早くまちを知りまちの歴史や魅力に触れてもらいたいと町がマイクロバスを仕立てて、町内を案内し巡る『まちを知る会』を始めたのです。小学3、4年生の親子を対象にして夏休み同じように実施され、何時も満員の盛況で、副読本に載っている現場を見て回り、成果をあげたことを覚えています。 「たんけん本」の普及活動として「講演会」等を歴探で実施されています。今後いろいろと計画されると思いますが、一例として「副読本」の発刊後の取組みのように、「たんけん本」に載っている歴史の舞台を子供たち及び親子対象に関係機関・団体と連携して先ず見て回る企画をされるのも一考と考えます。 なお、今回の「たんけん本」の発刊にあたり京都府の補助制度<地域力再生プロゼクト支援事業交付金>と共に八幡市からも助成を受け、発行元になっていただいた歴探の会の自己負担は少なくて済んだと思います。 八幡市の制度は、地域住民が主体的に参画する事業を対象に補助金を交付するため、本年7月に新しく設けられました。今回の「たんけん本」発行に対して、その新制度を適用した旨「出版記念の集い」で八幡市から明らかにされました。 行政が財政面で積極的に事業支援していただくことになり、今後、市民が協働して行う地域課題や文化振興の事業の取組みに明るい展望が開けたと言えます。 なお、このたびの「たんけん本」の編集から発刊までの間、石清水八幡宮を始めとする多くの関係社寺・機関・団体・市民の皆さんの並々ならぬご支援は大きな力となりましたし、各手続き、資料提供に関しても八幡市の各組織を挙げて惜しまぬ協力を指示くださり実行していただいた要路の計らいを忘れてはならないと思います。 内にあっても、この素晴らしい「たんけん本」の誕生までに、制作委員会・歴探の会とも喧々諤々の協議の連続で、財源の工面等のことも心配し苦労が絶えないと聞き及んでいます。 しかし「良い本をつくろう」と、みんなの気持ちを一つにして乗り越え、発刊にこぎつけられたところです。 この種の発刊は府下では類例がなく、民間の団体が自主編纂することも全国的には数少ないと聞いております。高く評価されて良いのではないでしょうか。 Y.I 氏(伊佐錠治さんの知人)より 歴史たんけん八幡 すばらしい冊子完成、おめでとうございます。 標題、たんけんがいい。あなた自身の足で歩き、自分の目で確かめ、そして考えてごらん。本の中からも探してみたら 何が見つかるでしょう。読者とりわけ小学生に話しかける姿勢で貫かれています。 私は福沢諭吉が著した「学問ノススメ」を思い出しました。この本は明治の青年達に希望と勇気を与えました。「歴史たんけん八幡」は平成の「学問ノススメ」です。後世に残る貴重な本です。 表紙がいい。色彩・写真・レイアウト「お見事」。制作委員の方々の熱意、知恵、苦心の結晶です。表紙を始め、すべての写真が鮮明で的確です。そして地図上にどこにあるか示されています。年代をおって記述され、更に年表にまとめられています。人物らん、松花堂昭乗さんなどとてもおもしろく、大人も子どももこれを読んだら会って見たいな、こんな生き方をしてみたいなと思うのではないでしょうか。 監修の鍛代敏雄先生、ご立派な先生ですね。この本の主旨がすべて尽くされています。 「この本を読むみなさんへ」にある「みなさんは将来を開いてゆく宝です」は、この中に制作委員の皆さんの思いがこもっています。 第11章では、火をおこす、水をくむ、何を食べ、何で生計を立てたか、当時の人々の喜び、楽しみは何か、神や仏に感謝し喜びを表現する。そんな人々の姿を自ら見つけるように工夫されています。わかりやすく説明され、写真を見れば一目でわかります。更に現物を自分の目で見たいと思う人もいるでしょう。 年表には山城の国一揆(1485)以後八年間自治を行う。80ペ-ジでは、1961年にわれわれの土地を守ろうと町民が立ちあがり男山のガラス原料を掘り出す計画は断念されました。五百年も前から自分の土地は自分たちで守ろうという自治の精神が強く根づいていたからでしょう。79ペ-ジ、1977年に男山団地が完成。当時の町の人口が22、000人、男山団地の人32、000人とあります。地元の人が団地の人、いわばよそ者を受け入れた。これはすごいことです。八幡の人たちがおおらかで寛容、やさしく柔軟な心であるからでしょう。 6ペ-ジの鳥になって・・・・・で、私は思います。石清水八幡宮の高台から見おろすとすばらしい景観です。視点を変えて自分の住んでいる所を見ると、人それぞれに何か考え、何か気づくのではないでしょうか。大所高所から見る八幡の風土は人々に発想をうながす土地柄と私は思います。二宮忠八さんもこの土地で育まれたからだと思います。 今まで歴史上のできごとを一箇所のことと点のように考えていましたが、空から全貌を眺めるとまた全然違った見方、考え方があることに気づきました。歴史たんけん八幡は視点を変える広く、大きく考えることをうながすと・・・・・・・。制作委員の方はそこを期待していらっしゃると気づきました。 以上
by y-rekitan
| 2015-11-28 08:00
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