いつできたのか 野間口 秀國 (会員) 「・・鎌倉時代の武士の霊を慰めるために建立された武者塚・・」と現地の解説板には書かれておりますので、本章では石清水五輪塔を墓(墓碑・墓石・墓標)として扱い、その造立が「いつ/When」なのかの観点から考えてみたいと思います。平成25年9月に大阪府立近つ飛鳥博物館にて開催された「中世の墓地と石塔」(*1)と題する講演を聴講しました。帰りに聖徳太子の墓所とされる叡福寺北古墳(磯長墓・しながぼ)のある太子町の叡福寺を訪れ、近くの墓地では一般的な墓碑と共に多くの一石五輪塔を見ることができました。講演で学んだ内容などを含めて、大まかではありますが墓を時代に沿って見てみたいと思います。 墓の歴史を考える時に先ず思いついたのはエジプトのピラミッドです。ピラミッドについて学んだ訳ではありませんので、「ピラミッドが墓である」ことを書いたものは無いかと探しました。何冊目かに、とある書店で『ピラミッドの歴史』(*2)に出合いました。同書では、無論「ピラミッドは墓ではない」と考える人々がおられることも記されてありますが、エピローグに書かれた「ピラミッドは墓である」との著者の一文を読んで意を強くしました。また「・・エジプト最初のピラミッドであるサッカラのネチュリケト王の階段ピラミッド・・(略)」とあり、有名なクフ王のピラミッドも同じく古王国時代(紀元前2500年頃)であることを知りました。一方、アジア地域において注目すべき大規模な墳墓の1つは、隣国・中国西安市にある秦(紀元前770~紀元前206年)の初代皇帝の墓である秦始皇帝陵でしょう。墓の周りの地下からは土で作られた夥しい数の兵士や馬などが発見され日本国内でも大きく報道されたことはすでにご承知の通りです。 このようにエジプトのピラミッドや中国の秦始皇帝陵と同時代(旧石器文化から弥生文化の時代か)に日本ではこれらに相当する規模の墓や陵は無く、それは数世紀を下った古墳時代(4~6世紀頃)を待たねばなりません。その墓は現在では世界三大墳墓の1つとも呼ばれる、堺市の百舌鳥古墳群にある全長486mを測る仁徳天皇陵古墳です(*3)。 地元の人々には大仙古墳とも呼ばれるこの古墳の世界遺産登録への取り組みは既に進められており、「百舌鳥・古市古墳群は、大阪府、堺市、羽曳野市、藤井寺市の4者で世界文化遺産登録をめざして取り組んでおり、平成30年の登録をめざしております。」(2016年3月現在)と堺市・文化観光局・世界文化遺産推進室より教えていただきました。同市博物館から徒歩わずかのところにある古墳を、それに沿って一周するとその規模を実感できます。京都新聞掲載の安部龍太郎氏の現代のことば『ピラミッド型古墳』は墳墓の歴史をより身近に感じさせてくれました(*4)。さて、前述の三大墳墓と比較しながら、私達が盆暮れやお彼岸、また命日などで訪れて掌を合わせる現代の墓を思い浮かべてみたいと思います。今日多くの墓で見られる墓碑(石碑型墓標)は200年から300年前(江戸時代中期から後期)頃から一般化したと言われていますので、ピラミッドの時代から思えばつい最近の新しい形と言えるのではないでしょうか。先述の講演で学んだことから五輪塔を含めた墳墓の歴史的な変遷を考えると、世界三大墳墓の時代から現在まで、極めて大まかではありますが以下のように整理できるようです(*1)。 ![]() 特に奈良時代に入ると火葬の導入によって墳墓の規模はさらに小さくなりました。続く平安時代になると墓(または陵)と寺社が近づいてきて、天皇陵や領主の墓と寺院を一体にした墳墓堂の形が現れてきます。その代表的なものが東北地方・平泉の中尊寺金色堂(1124年建立)であると言われていますが、藤原三代を祀るこの堂は武士社会初期を代表する墓の一形態とも言えるのではないでしょうか。石清水五輪塔の造立は鎌倉時代中期とも言われておりますので平泉の中尊寺金色堂よりもう少し時代を下ってからとなるようです。 鎌倉時代中期に大規模五輪塔の造立を可能にした理由の一つは、政治的・宗教的に強力な影響力を有する人物の出現とその資金調達力であると考えます。また、今一つは使用される石材の調達や加工を可能にした技術の確立、すなわち今に残るような五輪塔を形にできる人材(または集団)が存在したからと考えます。次章では「いつできたのか」の更なる疑問と、自ら足を運んだ今も残る五輪塔の風景についてもう少し書いてみたいと思います。 本章の最後に資料や情報提供いただきました堺市・文化観光局・世界文化遺産推進室のご担当者、同市博物館にてご説明いただきましたご担当者に紙面をお借りして感謝申し上げます。 参考図書・史料・資料等:
by y-rekitan
| 2016-05-30 10:00
| 五輪塔あれこれ
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