◆会報第88号より-08 文化祭出展

第46回八幡市民文化祭の展示発表

高田 昌史(八幡の歴史を探究する会 事務局)


f0300125_14162866.jpg 2018年10月27日(土)、28日(日)の八幡市民文化祭において、八幡市文化センター3階ロビーで展示発表をしました。2014年から5年連続になります。
今年は昨年に引き続き「江戸時代の八幡道標」及び「八幡の古墳と鏡」の2テーマを展示発表しました。会場では文化祭出展担当者及び歴探の幹事が説明にあたりました。

1.「江戸時代の八幡道標(みちしるべ)」展示発表

昨年は発行冊子『「石清水八まん宮道」に誘う道標群(江戸時代の八幡道標)』に掲載の道標76基を紹介しましたが、今年は新たに確認した21基の道標写真を、設置場所を記入した地図とセットで4枚のパネルに展示発表しました。
また、先般本会で再設置した[八幡宮道道標]をパネルに掲示紹介しました。
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 会場では昨年紹介した「江戸時代の八幡道標」76基に今回確認の21基を追加した合計97基の道標を掲載した“増補版”『「石清水八まん宮道」に誘う道標群(江戸時代の八幡道標)』は、会場で多くの方々に購入していただきました。

2.「八幡の古墳と鏡」展示発表

 「江戸時代の八幡道標(みちしるべ)」の向い面に2パネルに展示発表しました。
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 掲示の主旨書の全文を以下に示します。

 前方後円墳が造られた3世紀半ばから6世紀末頃の時代を古墳時代といいます。
八幡市では4世紀後半から古墳が造られはじめ、三十基近くの古墳が確認されています。しかし、それらについてあまり知られていません。そこで八幡にはどんな古墳があったのか、所在地などについて調べ、地図を作りました。
 八幡の古墳から三十数枚の鏡が出土しています。鏡は弥生時代から宗教的・呪術的なものとして重視され、祭器、権威の象徴・財宝とされてきました。3世紀に書かれた『魏志』倭人伝には、倭の女王卑弥呼が中国の皇帝から銅鏡百枚を与えられたとあります。石不動古墳からはこの卑弥呼の鏡候補も出土しています。
 また、古墳時代終末期(6世紀後半~7世紀前半)には横穴墓が造られ、現在百三十基以上発掘されています。その総数は八幡・京田辺地域で六百基~七百基と推定されています。全国有数の横穴群で京都府下最大級です。
 今回、関係諸機関の協力を得て八幡の古墳一覧表(横穴墓を除く)と出土鏡の写真を展示しています。

 来場の皆さんは熱心に説明を聞かれていました。八幡の古墳から30数枚の鏡が出土していますが、八幡市が所蔵・保管の鏡は数枚です。他は市外に流出または行方不明で現物は確認できません。なお、会場で販売の「八幡の古墳と鏡」資料は好評で準備した30部を完売しました。
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by y-rekitan | 2018-11-30 05:00 | Comments(0)
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