本尊掛松 89号



心に引き継ぐ風景・・・⑳

茄子作なすづくりの出会い・石清水八幡宮社人 小川伊高
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 江戸時代、石清水八幡宮を目指して整備された道を人々が歩いた。京街道、奈良街道、高野街道、河内道などの道である。そこには必ず「やわた道」の道標があって、驚くほどの数が見つかった。ところが道標だけではなく八幡宮ゆかりの事蹟も沢山残っている。機会があるごとに紹介してゆきたい。
 枚方市茄子作南町の丘に「本尊掛松」の旧跡がある。弘化二年(1845)建立の高さ2m30cm幅1mの堂々の地蔵像が見える。昭和40年代頃は田畑と森しかなかった旧跡付近にも大きな道路が走り、住宅の中に取り込まれてしまった。
 鎌倉時代、八幡神の霊夢をうけて融通念仏宗を再興する法明上人は大坂深江から高野道を八幡宮へと向かった。ところが石清水八幡宮社人の小川伊高も期せずして同じ霊夢をうけ、預けられていた法宝物を持って「京やわた道」を歩いていた。この辺りは「京やわた道」とも呼ばれて「八幡道標」の多い所!
 霊夢をうけた二人はバッタリ此処で出会い、融通念仏宗の本尊「十一尊天得如来画像」を小川伊高から授かった法明上人は歓喜のあまり、松の木に本尊をかけて踊りだした。同宗踊り念仏の始まりだ。この松を「本尊掛松」と呼ぶが、「ホンゾンカケタカ」と杜鵑(とけん)が鳴くことからホトトギス松とも呼ばれている。
(文と写真 谷村 勉)空白


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by y-rekitan | 2019-01-28 12:00 | 心に引き継ぐ風景
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