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◆会報第94号より-03 閼伽井②

石清水五水の閼伽井あかいのこと
―その2―

 野間口 秀國 (会員) 


<男山の位置について>

 会報第93号で、男山の三つの頂の位置などについて私なりに書きましたが、「鎮座地男山」と題して石清水八幡宮本殿入り口の右側にある案内板に、鎮座地の概要が書かれてありますので改めて以下にその全文を引用させていただきます。
【鎮座地男山】
 古記に雄徳山、牡山、丈夫山とあり、八幡山とも称えた。標高はご本殿付近で一二四メートル弱に過ぎないが、南は洞ヶ峠を経て生駒山に連なり、北は木津・宇治・桂の三川合流し淀川を形成する地に臨んで天王山と対峙し、古来、京都・大坂・奈良を結ぶ水陸交通・政治・経済・軍事上の要衝として重視された。男山の中腹には霊泉「石清水」が湧出し、その近傍には本宮御鎮座以前、行基開創の石清水寺という山寺が在したと伝えられる。 (引用終わり)

<複数の石清水五水説>

 さて、私なりに調べた石清水五水の「閼伽井の存在とその位置」を会報第93号で述べさせていただきましたが、調べを進める中で次のような4つの石清水五水説があるようでしたので、以下にそれらを今一度整理してみました。

<説1> 閼伽井は「橋本」説(会報第93号で述べたもの);
①石清水井、②筒井、③藤井、④福井、⑤閼伽井(橋本)。
この説については前号(第93号)を参照していただきたいと思います。しかしながら、橋本の閼伽井は「昭和30年代後半からの宅地開発で消滅したのではないか(したと聞いている)」との意見を聞くことができましたが、前号の説明のように今でも池(井)が存在するのであれば、それは「開発区域を外れていたと考えられる」との意見もいただきました。いずれにしても橋本の地に池(井)は存在しておりました。

<説2> 閼伽井は「東谷」説(かつての東谷筋にあったもの);
①石清水井、 ②筒井、③藤井、④福井、⑤閼伽井(東谷)。
 この説については関係者の方にお聞きしたものですが、ここで言う閼伽井は男山の東谷筋(表参道の中ほどの右上側あたり)にかつて存在した「閼伽井坊」及び「櫻井坊」の近くにあった井戸で、今もその痕跡が認められるとのことです。ちなみにこれら二つの坊は、八幡市商工観光課発行(平成31年3月)の『男山四十八坊跡』の観光案内冊子の表紙イラストの左側部に描かれており、橋本坊③と中坊④の間に「閼伽井坊」及び「櫻井坊」を見出すことができます。この場所は現在では竹林のために立入りは許されておりませんが、『八幡市誌 第3巻』のP9に「幕末維新期の八幡」での出来事とともに「閼伽井坊跡付近」の写真を見ることはできました。 なお、前号の最終段にて、“ちなみに惣絵図(中央部に)には「閼伽井坊」の記しも見られるが「赤井水」とは関係なさそうである。” と書きましたが、そのように言い切る事は出来そうにありません。「閼伽井坊」もこの説2 “閼伽井(東谷)” に関係がある事がわかりました。

<説3> 説1、説2の 「福井」 は櫻井の転記間違いによるもの、よって;
①石清水井、②筒井、③藤井、④櫻井、⑤閼伽井。
◆会報第94号より-03 閼伽井②_f0300125_188397.jpg『男山考古録』巻第九によれば、「櫻井」の別名が「閼伽井」であり、かつ「福井」は「櫻井」の草書体を写し誤ったもの、といったことなどが書かれてあります。確かに、崩して書かれた草書体の「桜」の文字を「福」のそれと読み違えて書いたもの、との説明はそれなりに納得できることではあります。これによって「福井」の存在は無くなったと言えそうです。しかし、この説では「櫻井(福井)」と「閼伽井」が同じであるのか、異なるのかの区別が明確ではないようにも思えるのですが・・・。

<説4> 「山ノ井」説;「福井」でもなく、「櫻井」でもなく、「山ノ井」ではないか。
①石清水井、②筒井、③藤井、④山ノ井、⑤閼伽井。
◆会報第94号より-03 閼伽井②_f0300125_1818508.jpg 男山山麓の平谷(びょうだに)の地に相槌神社(※1)がありますが、石清水五水のひとつは、相槌神社隣りの「山ノ井」(別名「藤木井」とも)ではないか、との意見にも出会いました。この説に関する確たる見解や書かれたものなどにはたどり着けませんでしたが、昨今、多くの刀剣女子が訪れる相槌神社に関する複数のHPを確認すると、「八幡五水のひとつ」とのみ書かれたページも確かに存在しました。しかしながら、そこには「山ノ井」の謂われなどには触れて無く、「山ノ井」以外の他の四水に関しても何ら書かれてはありませんでした。また、相槌神社の御祭神は倉稲魂(うかのみたま)であり、石清水八幡宮の摂社では無いようです。


<説には無い気になる二つの池(井)>

 このように調べを進める間に、これらの説以外にも気になる池(井)がございましたので最後に別枠で書かせていただきたいと思います。その一つの別なる「福井水」のことに触れてみたいと思います。何かと気になりながら目を通していた史料が『京都府立大学文化遺産叢書 第4集』でした。そのP195に描かれた挿絵は “内閣文庫「八幡山上山下惣絵図」より作成“ とあり、そこに「福井水」の名がありました。この池(井)が石清水五水に関係あるのかどうかは分かりませんが、たまたま見つけた興味あるものではありました。そして今一つが、二の鳥居から裏参道をおよそ半分ほど登った右側(山手側)にある井戸の存在です。この井戸は参道のすぐそばにありますので、多くの人がご存知であると思います。石清水八幡宮の神職の皆さんは、この井戸を「竹雨水(ちくうすい)」と呼び習わされているとお聞きしました。更に「この名が古くからの正しい呼称であるのかどうか定かではなく…」とも話されました。加えて『男山考古録』巻八 P287 にみえる ”一夏水“ との関係については、「今日呼び習わしている ”竹雨水“ と同じものを指しているのではないか、とも推測しております。」とのことでした。私にとっても興味が尽きない井戸ではあります。

<閼伽(あか)とアクア>

 英語で「水」のことを Water(ウォーター) と言うことは殆どの方に知られていることと思います。ドイツ語ではWasser (ヴァッサー)と言い、またスペイン語では Aqua(アクア)と言います。Water(ウォーター)と同様に、英語の Aqua (アクア)も「水」の意味を持ちますが、飲料としての水よりも、液体や、溶液など液体としての水に関連する語彙として使われるようです。水族館や水槽を意味する Aquarium(アクエリアム)や、星座の水瓶座を意味する Aquarius(アクエリアス)などはその一例と言えるでしょう。 このように見て行くと閼伽(あか)とアクアの関係にお気づきの方もおられると思います。 閼伽井の「閼伽(あか = aka) 」は確かに仏教用語であり、サンスクリット(梵語)の argha (仏様に供養する水)の「音を写したことば(すなわち argha 転じて閼伽に)」であることをある方より教えていただきました。そうであるならば、前述のスペイン語・英語で「水」の意味を持つ「Aqua・アクア」も同じように「音を写したことば」に由来するのでしょうか。私は、共に「水」の意味を持つ日本語の「閼伽(あか)」とスペイン語・英語の「Aqua(アクア)」に、これらの言葉の持つ不思議を感じるのです。

<神々にお供えする御水>

 現在、石清水八幡宮で催される祭典で神々にお供えする御水は、すべて「石清水井」から汲み上げられた「御神水」と称される水です。◆会報第94号より-03 閼伽井②_f0300125_18362367.jpg「ただし、神仏習合時代における日常の仏事において諸仏に供する水としては、石清水井ではなく、この東谷筋にかつて存在した閼伽井(前述の説2)から汲み上げた水を用いていた可能性もある」とのことを、閼伽井に関して調べているあいだに教えていただきました。このことから、おそらく、日常と非日常で、汲み上げる水は区分されていたであろうことも想像できるようです。今も山上の御本殿内部の西馬道口近くに「閼伽棚」と称される棚があり、見ることはできませんが、ここはかつて御殿司と呼ばれる僧侶たちが神々(八幡三所大菩薩)に閼伽などをお供えする準備をした場所であったと伝えられています。
 神仏分離の現代でも、かつての神仏習合の時代でも、もっと古い時代でも、神仏にお供えする御水(閼伽)は変わりなく神聖なものであることに違いないと改めて思います。前号(第93号)で触れた赤井黨の赤井氏は丹波国氷上郡赤井に起こり、古代の日本において忌部氏とともに神事・祭祀をつかさどった中央豪族の中臣氏(なかとみうじ)と軌を一にする姓なのでしょうか。関係する姓は赤井をはじめとして、赤居、閼伽井、閼加井、阿迦井などの姓がある(あった)ようで、今日でも玄関に「閼伽井」と書かれた表札が掲げられたお宅を目にしてから、この三文字の持つ歴史と奥深さを探ってみたくて書いてみました。
 最後になりましたが、この第94号で「閼伽井のこと ー その2ー」を書き進めるに当り、色々とご教示をいただきました石清水八幡宮の西様に改めて感謝申し上げます。
     
(※1)2019.10.08現在、社務所は近くの「春日神社」に移転されています。
    ( =相槌神社 社務所移転のおしらせ= より)


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by y-rekitan | 2019-11-21 10:00
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