-新・流れ橋- 高田 昌史(会員) 「上津屋橋(流れ橋)の復旧に向けて」(会報71号)の記事に、1953年の流れ橋架橋からその後の21回流出の記録(1953年~2014年まで)及び完成直前の新流れ橋の工事状況を掲載した(※1)。上津屋橋は生活道路であるが、市道でなく府道であるために京都府主催で21回目の流出直後の2014年9月~2015年1月に「上津屋橋(流れ橋)あり方検討委員会(※2)」が6回開催され、その結果により2015年11月から洪水に強い流れ橋の復旧工事を開始して翌年の3月に新・流れ橋が完成した。 本会報では新「上津屋橋(流れ橋)」の開通から現在までの状況を取りまとめ、報告する。 前回流出から1年7.5ヶ月ぶりに新橋が完成して2016年3月27日「一般府道 八幡城陽線 上津屋橋(流れ橋)」開通式と渡り初めがあった。 開通式とその後の渡り初めには、多くの関係者が参加されての盛大な式典だった。(写真参照) ![]() ![]() 私はコンクリート製に変更した中央3本の橋脚は他の部材の北山杉と同色のペンキ塗りしており、離れて見るとそれほどの違和感がないので橋脚の耐久性や復旧時の手間からは止むを得ない選定だったと思う。そのコンクリート製橋脚には上部橋板を3ユニット(約27m)毎に1ブロックとして連結したワイヤー結びを固定している(計8ブロック)。以前は1ブロック10ユニット(約49m)も連結されていたので洪水時に連結ワイヤー切れ、また、ワイヤーを固定していた橋脚まで流されてことがあり復旧費用も嵩んだ。 ![]() 2016年の記事には(新流れ橋は流れ過ぎない流れ橋に生まれ変わることを期待する)と記しました。また、京都府土木事務所の資料には橋面75㎝の嵩上げで「流出頻度は3年に1回から5年に1回に低減させる」と記されているが、2016年3月に完成してから、翌年の2017年10月及び2019年10月に何れも台風による大雨で2回流出している。 ![]() 新橋の2回目の流出は昨年の2019年10月に同じく台風の大雨により流出し今年の4月1日に通行が再開された。 新流れ橋の復旧までの期間短縮には流出後の土木事務所による現地調査後に新年度の予算に計上されるので復旧までの期間短縮には限界があると思うが、新橋の2回目の流出では短期間の約4か月半後の開通は特記すべきである。 流れ橋の起源 流れ橋とは川幅の狭い所に木板を渡し、その木板が流されてしまわないように紐等で結んでいたものが原型であり、それが川幅合わせて造った橋脚に板を渡した橋に発展した。 旧流れ橋(上津屋橋) 上津屋橋は日本最大級の木造橋であるが、川が橋板まで増水するとよく流れるので通称で“流れ橋”と呼称すると単純に受け取っていた。 しかし、新流れ橋の開通時の2016年(平成28)に京都府山城北土木事務所発行の「上津屋橋-資料集」によると、旧流れ橋は従来の渡し船による往来が不便であるとの地元の強い要望により、安価でしかも洪水による損害が少ない橋を作ることを課題として当時の技術者が知恵を絞り、通称「流れ橋」の上津屋橋を完成したと記されている。 1953年(昭和28)架設された“旧流れ橋”は60年にわたって利用されてきたが、2011年(平成23)~2014年(平成26)には4年連続で流出したことにより、2016年に新橋にバトンタッチされ役目を終えた。 新流れ橋(新上津屋橋) (1)主な変更箇所 ①流出頻度を低減のために橋面を75㎝嵩上げ ②中央3本の橋脚をコンクリート化 ③橋脚間の幅拡大し橋脚数の減少(73→40基) ④橋板流出時に筏のようにワイヤーロープで連結していていた橋板は、旧橋は10ユニット(約49m)が1ブロックだったが、新橋は3ユニット(約27m)を1ブロックに減少して、連結ワイヤーロープはコンクリート橋脚に締結。 (2)新旧流れ橋の比較 ![]() (3)新流れ橋の費用等 新橋の建設費を京都府土木事務所に問合せると総額で約3.7億円との回答を得た。なお、平成27年の事業計画書には事業費4.06億円とあった。 新流れ橋への期待は75㎝の嵩上げにより流出頻度の低減と共に、流出時の復旧費用の削減と復旧期間の短縮であるが、新橋の2回の流出時の復旧費用は1流出あたり約3000万円と伺った。以前に旧橋の流出時の復旧費用は3~5000万円だったので今後も流出時の復旧期間の短縮と共に費用の削減が期待できる。 ★宇治橋や渡月橋のように橋梁の上流に“漂流物止”がない理由 土木事務所に問合せすると以下のコメントをいただいた。 「流れ橋は、最初から流れることを計算して造られており、橋板が容易に流れることにより流木やゴミ等の漂流物が橋に引っ掛かることによっておこる、水位上昇による堤防の決壊などの損害を未然に防ぐことができる構造であるためです。」 流れ橋は、八幡の重要な観光スポットであり観光客来場者数は年間10万人以上で、八幡市内では石清水八幡宮、背割り堤についで第3位を占めている。なお、「流れ橋周辺に広がる浜茶の景観」が2015年1月に京都府景観資産(※4)に登録されたことも、洪水に強い新流れ橋の架設の大きな後押しになった。また、同年4月には日本遺産第1号として「日本茶800年の歴史散歩」が文化庁の日本遺産に認定、その中に『流れ橋と両岸上津屋・浜台の「浜茶」』の名称で登録された(八幡市、城陽市、久御山町)。 以上のように貴重な文化遺産としても、新流れ橋は周辺環境とのバランスを保ち日本最大級の流れ橋として新時代に引き継がれていくことを願っている。 末筆ですが、京都府山城北土木事務所道路計画室のご担当の方に流れ橋についての質問や問合せに親切に回答をいただき厚く御礼申し上げます。 参考資料
by y-rekitan
| 2020-09-28 11:00
|
|
ファン申請 |
||