牧野の船橋川堤にある写真右の大きな道標は「八幡宮」と大文字で書かれ、その下には「参詣道・橋本へ一里」とあります。上部に本尊「八幡大菩薩像」が彫られた唯一の道標で、江戸時代まで八幡宮が「神仏習合」の神社であった事実を伝え、また、楠葉、牧野地域が古来八幡宮の文化圏で、八幡宮を支えてきた地域であったことも伺えます。 中央に多くの名前が刻まれた道標が見えます。「右 山城 志水」とあり、八幡宮参詣道である「八幡志水大道(しみずおおみち)」を案内しています。八幡住民が現在も「志水」と呼ぶ所です。開発前の船橋川周辺一帯が葦の林に覆われていた昔、多くの人が「志水」へ買い物に通いました。この道標、実は村相撲の力士達の供養塔です。七名の名前はすべて四股名です。楠葉の七ツ松峠に本拠を置く「七ツ松部屋」の力士達で、「鳥羽伏見の戦い」で幕府軍に力仕事で奉仕・世話をした力士達のものとの伝説があり、官軍の猛攻に巻き込まれてしまったものだろうか。建立は「七ツ松門弟中」とあり、七ツ松の「力士墓道標」はこの他にも数点、現在も残っています。 (文と写真 谷村 勉)空白
by y-rekitan
| 2022-01-24 12:00
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