徳川家康の八幡への領知朱印状は「361通」の実数判明

 
 2023年5月13日の京都新聞朝刊記事に「家康が石清水八幡宮や社寺などに出した領地保障の朱印状が計361通だった。実数が判明するのは初めて・・・」とありました。
 家康の朱印状361通は、八幡の歴史を探究する会の以下の会報記事に谷村勉氏が既に3回報告されており”実数が判明するのは初めて”は、間違いと言えます。
 なお、谷村勉氏は、享保九年(1724)作成の『石清水尋源鈔』を底本資料としている。

朱印状361通の掲載記事 ・・・各記事はURLをクリックして閲覧下さい。
1.会報第72号(2016年3月発行) 
*八幡の近世を開く志水家・正法寺* https://yrekitan.exblog.jp/25100010/
 慶長5年(1600)5月、徳川家康は石清水八幡宮を中心とする八幡に361通の「領知朱印状」を発給し、徳川政権構想に取込みました。
2.会報第101号(2021年1月発行)
*「お亀の方」と「内府違いの条々」* https://yrekitan.exblog.jp/32113754/
 世に名高い「関ケ原合戦」は慶長五年九月十五日に行われ東軍が勝利した。
合戦前の慶長五年五月廿五日、徳川家康から八幡に領知朱印状361通が発給された。
これだけの大量の朱印状が発給された地域は他に類例を見ない。
3.会報第102号(2021年2月発行)
*近世八幡の歴史に興味は尽きない*  https://yrekitan.exblog.jp/32200405/
 ・2.お亀の方(相応院)
 慶長5年(1600)5月、徳川家康は石清水八幡宮を中心とする八幡に361通の「領知朱印状」を発給し、徳川政権構想に取込みました。
徳川家康の八幡への領知朱印状は「361通」の実数判明_f0300125_16452986.jpg

by y-rekitan | 2023-05-17 06:00 | 事務局だより
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