![]() 先に三条西公条の『吉野詣記』の連載を終了したが、奈良に取材中も多くの寺社で芭蕉句碑に出会っていた。数ある句碑の中、彼の暗峠(生駒市~東大阪市)の句碑が気になっていた。“旅の詩人”芭蕉最後の旅を記念する遺産である。 暗峠は秀吉の時代に参勤の道となり、享保9年(1724)以降は大和郡山城主柳沢吉里が本陣を置き、石畳の道とした。さらに伊勢参宮道となって多くの旅籠が峠に立ち並んだ。東大阪市側の勾配31%の坂道は険しく、「酷道」と揶揄される。 元禄7年(1694)9月8日、体調を崩していた芭蕉は支考、素牛、又右衛門、二郎兵衛らに付き添われ、伊賀を出て大坂に向かった。酒堂(しゃどう)と之道(しどう)の喧嘩を仲裁する為だった。笠置・加茂間は川舟に乗り、奈良坂を越え、猿沢池近くに宿をとり、その夜、池のほとりを吟行する。翌9日、重陽の節句に菊の花が咲き乱れる暗峠を越え、この句をなした。 「菊の香に くらがりのぼる 節句かな」 はせを 句碑中央から、菊の香に、右、くらがりのぼる、左、節句かな、はせを、と続く。 下り道の法照寺傍のこの句碑は、明治23年(1890)俳句同人六郷社有志により再建されたもので、大阪の豪商平瀬露香の筆による文字が刻まれている。興味深いのは、山崩れで行方不明だった元の句碑(寛政11年(1799)建立)が、大正2年(1913)に3つに折れた状態で発見され、坂道下の勧成院に移設されている。 (文と写真 谷村 勉)空白
by y-rekitan
| 2025-03-28 23:00
| 心に引き継ぐ風景
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